無題 (勘竹勘)*


※現パロ

 ベッドだけは守りたい気持ちが強く有るおれの身体の上に、今、きっと何かが伸し掛かっている。
 だいたい分かっていた。八左ヱ門だ。だからこそ、外のにおいを纏ったそいつを、おれは存分に糾弾できるというわけなの。
「八左ヱ門くん、約束したでしょ」
「……? してきてないぞ」
 それは訊いていないので答えなくていいやつです。おれが言いたいのはね。
「キレイにしてきて。おれは寝ますので」
「あ? あ〜、」
 八左ヱ門のアーアー言う声は、近くなったり遠くなったりしている。所在や理由がなく部屋を見回しながらの姿が容易に想像できる。想像してちょっと可笑しく思って笑いながら、おれは再び眠りの世界へ引き返す。
「風呂めんどくせぇもん、入れて」
「自分で入ってこい」
「よっと、」
 違う。布団を捲れと言ったのではない。風呂に行けと言ったのだ。ばーか。
「ばかもうホントにやだ穢れるむり」
「うっせー」
 大事な寝具の貞操の危機だ。身を起こさずにはいられない。犯人の顔を半分睨んだ気持ちで伺っていると、おれの口の端は八左ヱ門の唾液で濡れる。どこにキスしてんのよ。しかも酒くさい。相当注がれたのだろうね。お気の毒さま。
「っとにもー、おら、立って!」
「たってるよー」
「そっちじゃないよオタンコナス、脚を垂直にすんの、そう、床に、はい上手〜」
「赤ちゃん扱いすんなよぉ」
「そんなガバエイムで大人を自称しないで」
「だからしてきてないって!」
「はいはい。ありがとう」
 知らねーよお前がセックスしてきたかどうかは興味ないもん。かわいい子居た? とは聞く可能性あるけど。でもどっちかっていうとお前が楽しかったんならまぁよかったじゃん、みたいなやつよ。
 八左ヱ門の足取りはもう逆に、軽やかっていう単語を当てがったら逆に風流、だろうなって具合であった。ひっちゃかめっちゃかなのを、肩と腰掴んでたまに足払いして進路に戻して……最早、技能ナビゲート(85)って感じまであるね。ハァ、ようやっと寝室を出た。骨が折れる。あとはリビング抜けてー、ドア開けて廊下経由でまたドア開けて脱衣所か。すげー遠く感じる。ちくしょう、かかってきやがれよ。
「もしかして酔っ払ってんのかな〜俺」
「おっそうだな」
「冷たくない? 疑ってんのォ?」
「疑うもクソもないから。楽しかった?」
「ふつう」
「そ。」
 八左ヱ門の足は相変わらずバタバタ、賑やかに風呂場を目指している。おれね、もし下の階のひとから苦情が来たら、コイツに謝らせようと思うんだ。それが筋ってもんだよな。
「ほーら着いたね。天才」
「すげー、お前、まじか! ……えっなんで、ここ、風呂か?」
 床で寝るのなら入んなくていいんだよ、と言いたかったけれど、そしたらフローリングは跳ね返り係数が高いから嫌だとかまたゴタゴタ言われるんだよね。はー参った参った。ノド乾いた。深夜の肉体労働は堪えるね。水飲んでから寝よう。今度こそおれは寝るんだよ。
「勘〜」
「ぐえっ、おい離せよ、襟伸びるがな」
「脱がして」
「もぉ……」
 両手を上げて待ち構える八左ヱ門。勘弁してよと破顔するおれ。脱衣所の電球がジーと鳴いている。もうすぐ事尽きちゃうのかもしれないな。換えるの、面倒だな。
「なぁ八左ヱ門」
「うぶふ、なにィ」
「引っ越ししない?」
 こんな狭い浴室で、男二人でとか、いい加減卒業しようぜ。まあ、これからその二人でまさに、入ろうとしているんだけども。



「よっこいしょ」
「うへぇ」
 慣れ切って色気も何もあったものではない。けど、背中に隙間なく貼られた八左ヱ門の鼓動でもって、おれは間違いなく感動をしているし、肩越しの熱い息が降っておれの横髪を揺らすっから、きっと八左ヱ門も感動などをして、るんじゃないだろうか。うん、たぶん誰だってセックスしてりゃ、そりゃ、多少は心動く瞬間が、錯覚であったとしても、ねぇ。
「あ」
「なに」
「いやおれね、トイレ行きたかったんだわ」
「先に行っとけよ、俺そういう趣味ないんですけど」
 おれは色々忍んで部屋でおとなしく待ってて、しかも合コンで酔って帰ってきたお前のお世話をしていたのですけれども。まるっと棚にあげてくれちゃってさあ。
「わ、まってソレ、」
「ひひっ、マジ? まぁ片づけの問題はないっちゃないけど……」
「ちょちょ、おなか押さないで」
「ごめん勘右衛門、興奮してきたほんとゴメン」
「やだ、やだって、後生だからねぇ、って、ばァ!」
 あぶねー、マジで瀬戸際で剥がせた。おれの尊厳は保護された。おめでとう。それぞれ別の意味で息を荒くして向き合っているおれたちは、さながら格闘家の試合後のようである。
「フー、ほんと、」
「すまん」
「……トイレ」
「え、今行くのん?」
 たりめーだろ。今行かないと、もれちゃうだろうが。大学何年生だと思ってんだバーカ。



「ただいま」
「おかえり、萎えました」
 八左ヱ門はぼやっとして浴槽の淵に腰かけていた。なんか微妙なことされてもちゃんと戻ってきてやって、更に洗い場に跪いてやるおれの献身性よ。とっくにカンストだね。
「今に見てろ、キレーに剃ってやる」
「げ。……心配しなくても、俺は勘右衛門ひとすじだぜ」
「うるへー」
 おれも他人のことは言えないのだけれど、酔ったら起たないとかがコイツには無縁だ。なんなら擦り寄るだけで、「勘右衛門のにおいがする」とか言っておっきくしやがる。そのたんび、おれはむずがゆい浮遊感に落とし込まれる。おれたちそこまでの約束とか、したっけ? してない。だけど二人してもう、がんじがらめなのである。
「勘右衛門、ねぇ」
「む。」
「俺も入れられたい」
「ふ、へぁ? ばかかよ……」
 八左ヱ門が腰を浮かせたその隙間に右手を差し込んで、入り口を探す。中指をあてても固いままだけど、当人の言うに精神的には準備できてるらしいので。
「はいよっ」
「うわ〜ムード、な」
「今更」
 身体を前に丸めて積極的に指を埋めようと動く八左ヱ門がいとおしくて、肩と背中の境目くらいに唇をつける。自分の唇なのに、すっごいあつい。
「なぁ、引っ越し、するだろ」
「うん」
「したらさ、ぁ。ベッド……なん、っこ」
「え……はちは何台がいい」
「ま、そりゃ……ねぇ」
 覚悟しろよ八左ヱ門。新しいやつ買ったとしても、寝間着以外で入ることを絶対に許さないからね、おれは。




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