この朝焼けを繰り返したい(仙勘仙)*


「泣くなよ〜」
「泣いてないで〜す」
「嘘を吐け」

 胸のあたりをぴん、と弾かれて、勘右衛門は「ひいん」と情けない声を出したあと、身体を丸めては、腰をもぞもぞと動かしている。
 普段の仕草、立ち振る舞いからは似つかわしくないその姿に対して、仙蔵はにこりともしてやらず、されど勘右衛門の腰を中指と薬指の腹でくるくるとくすぐったりして、追い立てている。

「〜〜ん、せんぱ、」
「なに」
「なにじゃな、」
「わからんぞ。」
「も〜う、嫌い!」

 以下、繰り返し。仙蔵は勘右衛門の前髪をかき上げ、暴かれた額にそっと口を寄せる。「そう言うなよ。私が泣くぞ」と囁く。「見たくない。」と返ってくる。

「はやく、してよォ……」
「だからァ、なにをー?」
「やだっ! 言わない」

 ぷい、と逸らした顔をもう一度引き戻されて、目を開いた勘右衛門の眼前には、半目の立花仙蔵が居る。

「ちゅーするか?」
「…………します」

 初めから、れろ、と繋がる舌と舌である。
 半駄々を捏ねたのは口接のためではないけれど、目的に矛盾しない。そう気が付いた勘右衛門は旺盛になって、仙蔵の至る所の味を嘗め尽くす。体勢を入れ替えるときにひっ掴んだ袷は仙蔵の喉元に引っかかり、ぐうと鳴る気道の音で、どちらともなく笑う息が、唾液のやり取りに足されてゆく。

「ハァ、おれもうちんこ腫れて、痛いです……」
「はしたないな」

 結局仙蔵が上に乗ったが、勘右衛門の性器の膨らみが当たるのを避けようと、膝を何度か突き直す。
 勘右衛門はたまらない。仙蔵の手をにわかに取って、

「触ってください、おれに」

と、打ち明ける。制御できない感情が、指先が、もう一つの指先たちに触れようと、震えている。
 一度張り詰めた空気は、

「やっと言った、」

と笑う、仙蔵の声に溶け出して、勘右衛門の目尻に溜まった水滴が拭われて数秒後、彼の「ワッ」という泣き声が、二人の潜った寝床にこだまする。


〜〜〜


 汗が散る。自分の汗かと思うと、仙蔵はそれがやおら可笑しくなって、眼下で同様に汗をかいて乱れる後輩の姿にも、改まったいとおしさを覚えるのである。

「や、ぅ、せんぱ、」
「なんだ。」

 勘右衛門は──と言っても、系統立てて述べられる程、二人は共寝をしているわけではない。するとなると仙蔵の方の部屋になるが、勘右衛門は不在にしている人物の影を嗅ぎ取っては「勃たない」だの、まあそれはともかくとして──最中に声を上げる方ではなく、その呻き声に、仙蔵は〈なにか不具合でもしたか。〉とありようもない心配事をした。

「す、す……」
「ん?」

 一応、問うた形を維持してはいるが、もうわかってしまった仙蔵である。不具合ではなかったし、なんならその逆か。決まりの悪そうな勘右衛門の表情を見て、焦れったい気持ちになっている。

「すき……すきです……」
「……おう」
「す、すきで、だから、ァ! せんぱ、あ、ゃ、」

 自分で言って照れて狭くして喘いでいる。滑稽で、かわいかったが、そう思っていることは、何とは無しに、心のうちに仕舞っておきたい。

「うん……それで?」
「はな、れ……く、ゥ」
「ほうほう」
「あん、も、ちゃん……聞い」
「聞いてるよ。離れたくないんだろ? 好きすぎて」
「ウ…………」
「不安か、これからどうなるか」
「…………ん」

 仙蔵は、動物を撫でるがごとく勘右衛門の髪をわしゃわしゃとかきまぜる。

「不正はできないし、万が一とは言え、敵方に就職することになるんじゃないか、とか」
「…………ハイ」
「ほら、ちゃんと聞いてた」
「そこまで言ってない……」
「言い当てて欲しかったのに?」
「くぅん」

 手を目の下に当て、勘右衛門は泣き真似をする。彼には、誰に対してでも、そのように演じる癖があった。

「ぶったって無駄だ。全く、とんだ甘怠れよな。誰に似たんだか」
「お慕いしております」
「今言うと文脈がおかしくなるだろが!」

 仙蔵が声を荒げると、勘右衛門はやっと嬉しそうに笑ってから、

「なんでわかったんですか」

と眉を下げて問う。

「丸わかりだ。お前はそういう時、決まって盛った振りをするから」
「げ……。なんかやだな」

 ごにょごにょと、複雑そうに口を動かす勘右衛門を見、仙蔵もまた得体の知れない憂いを覚えている。
 不器用な後輩を受け止めてやっているように見せておきながら、その実自分が彼の立場だったら──。弱みを見せるに置いて、成すすべを持たないのは、仙蔵も同じなのだ。
 二人して妙にしぼんでいるが、身体は繋がったままである。

「先輩の、萎えちゃいました」
「言うな、恥ずかしい」
「何です! 元はといえば」
「お前だ、勘右衛門」

 びしぃっ。人差し指の腹を確と額に貼り付けて、仙蔵が言う。言われた勘右衛門は、「そっかあ……」と、身体をずるずる上にずらし、中から仙蔵の性器を抜き出した。そのしどけない所作にはそそられなくもないが、それも後の祭り、である。

「私はどうしたらいい」
「うーん。……とりあえず、いれさせてください」

 起き上がり、膝を折った勘右衛門がそうのたまう。仙蔵の手を取り、しとねに導いてゆく。

「おま、な、なんじゃそりゃ」
「え? やですか?」
「そうじゃなくて、なんていうか、そういう流れじゃなかったろ?!」
「そう? 片方が終わったら交代〜って」
「えぇ〜?!」
「先輩の方で不発だったのは、まあ、二人の責任ってことで。大丈夫、おれ、気持ちくさせたりますから☆」
「いや、あの、その、ココロの準備が……」
「な〜に生娘みたいなこと言って! ほら先輩、ほぐすから後ろ向いて下さい、ね!」

 そうやってはしゃぐ勘右衛門の姿が、薄明かりに透けている。消えそうに見えることの半分は事実で、この夜が明けたらば、一度は不安を抱えたことなどなかったように、日々に帰ってゆくのだ。

「勘右衛門」

 抱きとめると、ふるりと震える体。同じだ。──口に出せば野暮で、だから、肌で触れあう。知ってほしいとは、随分迷惑げな感情を抱いたものだ、と仙蔵は省みる。自分がこの男より一年早く生まれたのは、それを許してほしいから、なのかもしれない、と。

「早くしないと、抱かれてる方なんだって知られちゃうの、先輩ですよ」
「今日はもう終わりだ」
「えっずるい。なんで」
「もっと触れて居たいから」

 相手が言えないでいるのなら、自分が言ったことにしたってていいと、そう思えるのだ。






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