少年よ、禍福を知りにいけ!(仙勘)*


 いつから。うむ。いつからだ? ちょっと前……だと、思う。おれはもうそういうのも関係なくいつだってそうだが、兵助には絶対に先んじたくて就職のことなどをこそこそと聞き集めて(、でもまあ案の定あいつも先生に媚び売ったりなんだりしたんだろう、おれとあいつの間に得た知識に大きく差をつけることはなかったわけだが今はそれのことは関係ない。)、だから本当に、伝手がありそうとか、その程度のことだった。それが次第に、顔の造形が謳われているほどじゃあないなと不遜に見たり、おれのほうが体術いけてるんじゃないかと錯覚してみたり、結構指の関節がゴツい……と引いてみたり……。

「曲げ、ないで……」
「おいおい、わかるようになったのか? じゃあこれは何指だ、当ててみろ」

 あと、これはおれとしては決して予想外ではなかったことだけど、この人は、うるさい。そんなこと皆んな知っていて知らないふりをしてあげているだけなんだろうと、世の中の調和を知らされるくらいには。

「っは……くだらな、」
「冷めたこと言うなよ。私は暇なんだ。わかるか? わからないだろう。今度試してみるか、すごーく暇だぞ、次の日の夕食オッズを立てるくらいには」
「やってみましょ、か、」
「いや、やめておこう」

 幾つか下の学年からは、まるで現人神のように信奉を集めるこの男が、おれの前だとだははと笑うは朝飯前、胡座をかき、欠伸は堪えず、懐紙を持てば手遊びが止むことはない。ギャップがいいのよなんてくのいち教室の女子どもは利吉さんのこととかを噂するけれど、おれが知ってるギャップはそういう甘い色を、一切していない。

 立花仙蔵曰く、閨は暇とのこと、その言はおれが彼に賛同できる数少ない意見であろう。

「せんぱい、ちょっ、寝ないでください……」

 寝るなら指を尻から抜いてくれとは言い出せなかった。この男は隙あらばおれに羞恥心を植え付けようとする。なにがそんなに愉悦であるのか(、いやきっとすべてが愉悦なのだろうけど)、だから彼の指が己の身体に入り込んでいることを、嫌という程自覚していようが、息の根が耐えても自認してはならないのだ。

「…………くぁっ」
「おきて」

 半目のまま口吸いをするのはやめてほしい。そういうのこそ、ときめいてしまうだろうが。このままでは、おれが最近「ばかもの」を口癖にしていることを、そろそろ兵助が気付くころだ。やめろ兵助、推理をするな、斎藤タカ丸にそれとなく所感を求めたりするんじゃない──とまあ、この人との共寝がいかにスローライフなのかは、そろそろ百人中百人が理解を示すころであろう。体細胞に動きがなさすぎて、うっかり斎藤タカ丸さんのことまで考え始めたおれの脳細胞は、しかしながらおれも先輩も素っ裸であることを認識すると、俄かに混乱からくる胃酸の生産を始めている。

「……ん、お」
「…………?」

 先輩は変な鳴き声をあげる。変。この人はおれにとって変の塊だ。

「お前……、巫山戯るのも大概に」
「え、は? ……は?」

 途端、青筋が立つこめかみを見つめて、おれはやっと楽しめるものが眼前に現れたので、嬉しく思ったりしていたところに、学園一クールな立花仙蔵先輩は、なんと拳をお見舞いしてくれた。……拳?

「私は、“貰っちゃうタイプ”なんだよ……!」

 ……拳である。全然痛い。二人きりだからあからさまに痛がってなどやらないが、痛い。そして、立花仙蔵が逆流を貰っちゃう系かどうかは、おれにそういった嗜好がないことも手伝って、至極どうでも良いことだった。

「……すいませんね」

 目の前の男は寝息を立てている。ここまで散々この人に対する悪意を書き連ねたが、こういう間柄になって、こうして整わぬ寝顔を眺めていると、どうしたものか、感謝みたいなかたちをした想いが湧いてくるので、たまには理由もなく情事に流されてみるのも悪くはないもんだよと、こんど雷蔵あたりに吐露してみようかなと……おも、……ん、ぐう、すう。




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