土踏まずのアーチ構造へ作用する浮力に関する検討 (五年)


※現パロ


 そういえば、と顔で語る八左ヱ門に、おれはまぶたをヒクリ、自分だけに分かるよう引きつらせた。

「三郎は? あいつ摂取しなきゃ死ぬ〜って毎日うるさいんだが」

 知ったこっちゃない。雷蔵はアミノ酸じゃないんだぞ。

「誘ったんだけどね。委員会だって」

 おれだって同じ委員会なのだから、委員会の中でのポジションが違うとかそんな細かいことまで知らない八左ヱ門からしちゃ、納得するには不十分なのに、八左ヱ門は「ふーんそか。トイレ行ってくる!」と言って雷蔵の肩を謎にポンと叩いて去っていく。

「勘右衛門のこと尊重してるでしょ」
 ん? と眉毛だけで返事をすると、
「僕。」
と、自慢げなくせに一切目を合わせず、ドリンクの蓋と容器の間にわずかに隙間を空けて、彼はガムシロップを注いでいた。尊厳ガムシロップ以下のおれは、彼の心遣いを非常に喜んで、やっぱり返事をしないでニヤニヤと彼を見つめることにする。

 両親に注がれた愛情のかたちに似ている。それは今の齢で彼らから受け取るにはもう照れ臭く、けれど味わえばまだ柔らかい。今年はこいつと同じクラスで助かったなあと、急速に赤みが指す斜陽の光で雷蔵の頬が人間性を増してゆくのを、おれはじっくりと観察していた。

「今度上野行こうよ。」
「いいけど。なに? てかどっち?」
「どっちってなにが?」
「博物館か、美術館か」
「八左ヱ門、遅いね」

 きっと今日、家の門戸を開けるまで、おれはその二択の答えを知らずにいるだろう。そして風呂かトイレかで小さい社会性を剥がしたときに、ようやっと、「急に八左ヱ門のことを話すんなら、動物園が正解だったのか」と思ったりする。雷蔵はとてつもなく、おれにとってはえげつなく、頭の回転がよく、そして捻くれていて、その点は気付いてしまうと、すぐ隣に立つ者の心情としては、あまり気持ちのいいものでもなかった。

 だからおれは隣に立ったりはしない。ほかの誰でもない彼をおれが理解したり、ほかの誰でもないおれが彼にとって明け透けであったりすることは、おれたちが共に歩む必要十分では、絶対にないのだ。ていうか、そんなこと考えもしなかったな、今まで。まるで得体の知れない好意の発現に、おれは自分をうすら寒く感じることになった。

 それでも、雷蔵とは気が合った。ベストマッチングアワードノミネート候補。どっかの誰かたちみたいにおれのこころを無駄に逆撫でせず、おれも雷蔵のことを無駄に煽ったりしない。無味無臭の鉄壁。

「しょーがね。おれが見てくるから。その前になんか頼む?」
「ううん、ありがと。よろしく」

 ニコッと笑ってズズーっとドリンクをすする、そのストローになりたいと思ったりしない自分の脳に感謝しつつ、トイレで何してんだかわかんないけどとりあえずおれらに迷惑はかけていること確定の八左ヱ門を迎えに、行く道すがらに兵助からのトーク履歴を未読も含めて削除して(今日五回めだ、いい加減にしろ、お前も、おれも。)、だって全部知らないよ。知らないんだ。

 すぐに過ぎ去る。この瞬間に八左ヱ門が塾の女子に振られて鼻水垂らしてるとか、雷蔵が懸想されてる女子のことをどうやって断るかで胃爛れさせてるとか、全部女子かよ、はっ。でもそんなん、全部すぐだ。振り返ったって遅い、手を伸ばしたって間に合わない。だからおれはせめて意思をもって、流されることを選んでいるというわけ。




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