お互いに他意はない(鉢尾)


 月並みな話だけどおれは側に居られればもうそれで良くて、だから今、三郎が机の下に隠して手を握ってくるのをどのように迎えたらいいのか判断しかねている。
 向かいに座る八左ヱ門には悟られていないはずだ。表面に浮かび上がりそうな喜びを、言いようもない、正方向だけとも断じられない感情で繕った笑みでもって、おれが塗りつぶしているから。その行為は、まるで三郎の真似事のようだと思った(そんなことを言えば、多分三郎は取り乱して怒るだろうなとも思った。おれの見飽きた三郎。ああ。)
 そしておれは怒ろうと思えば何時どのタイミングでも怒り始めることができた。遅いのだ。何もかもが遅い。なんならとっくに迷惑の域だった。
 だからおれは食事を終えたその足で、人気のない(学園にはそういったスポットがままあった。誰が仕組んだ設計なのだろう。あの放送局ではないはずだ。世はもはや、ブラウン管ではなくディスプレイのアッチ側とソッチ側の二択である。)場所へ向かう。
 無言でおれを追う三郎を気持ちが悪いと蔑んで、振り返らずに背中で睨む。そんなにあからさまにヘソを曲げるな、と柔和な声がする。倉庫かなにかの土壁を殴るおれの小指側面が痛む。これがギャグ漫画ならばこれは大きく腫れ、涙をちょちょぎらせたおれが映され、フェイド・アウトなのだがなあ。だがしかしそうではないので、おれは痛みに耐えているのを悟られないよう、冷徹な声でこう言うのだ。
「どういうつもり、」
 回された腕は、肩を回して振りほどく。
 三十まで交わらず晴れて幻術遣いとなるおれの輝かしい未来を妨げるな(そうこれは、この前どこかで見たコントの受け売りだ。)、と叫びたい、が、趣ゼロの三郎に理解できるはずもない。
 だから、その叫びは「触るな」に変化する。
「さっきは振りほどかなかったのに?」
 確信めいた言い回しを、おれは気色が悪いなと捉えている。
「ずっと知っていた癖に、よくも知らぬフリしていられたものだと」
「怒ってるのかよ、勘弁だぜ」
 彼の言う通りで、当然におれは怒っている。散々待たされ、こころも身体も縮み切った。抱えて当然の怒りならここで静かに燃えている。
 でも本当のところは違う。だっておれは嬉しいのだから。
 もっと言うなら、居心地が悪くてたまらない。
 恋を続けるうち、おれは勝手に大人になって、実らぬ結果を気遣う周囲に引け目を感じたり、至らぬおれと運命の間柄を明るく嘆いたり、散々に捻じくれ曲がった。今更これを三郎が正そうとして、じゃあおれはどのように歩いていけばいいんだよ。
「お前、おれの個性まで根こそぎ奪い取るつもりか?」
「いつもいつも疑問だったんだが。きみ、何を根拠に生きてるんだい?」
 陽光の下に三郎がおれの背筋を見ている。けれどおれは絶対に見透かされていない。彼はなにも理解しないままだ。ずっと見透かしてきたおれだからこそそのことを識っていて、痛みに対して寒気が混じり合ってくるのが、だんだん。
「それをこれから私に教えるっていうのはどうだろうかと思って」
 なあ。おれは、お前のそういうところがさ。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -