我が儘
これの続きです。

「こま、えだ」
日向は驚愕しすぎて、相手の名前を言うことしか出来なかった。
そして彼はもう一度言った。
「誕生日、おめでとう、ひなえっくし」
最後にくしゃみをした。
「え、あ、まあとりあえず入れよ、部屋…」

「というわけで誕生日おめでとう、日向クン」
電気代をけちって点けていなかったエアコンを点け、すっかり暖かくなった部屋の中、狛枝はこたつでぬくぬくしていた。
少し落ち着いた日向が、緑茶を一杯で飲み干す。
ちなみに、狛枝は緑茶が好きではないので、もはや狛枝専用になりつつある湯飲みにはほうじ茶がついである。
「まずは明けましておめでとうだろ、狛枝」
「あ、ごめん…でも世界で一番速くキミの誕生日を祝いたかったんだ」
「ばか」
といいながらも、ようやく気持ちがついてきたのか、表情は明るい。
「こんなこと初めてだよ。誰かに祝われるのもそうだし、ましてや日付が変わった瞬間だなんて」
喜びがじわじわと侵食していく、
さっきまでの気持ちが嘘のように。
「そこまで喜んでくれるなんてボクも嬉しいよ!」
狛枝が笑顔になる。女子が見たら一目で落ちそうなその美しい笑顔は、日向以外には見せない。
と、いうことを日向はつい最近知った。
「ああ、ありがとうな」
それを思いだし、つられて日向も笑顔になる。
みかんいるか?と、見た感じ一番美味しそうなみかんを狛枝に手渡す。
自身も、年が変わって記念すべき一個目のみかんの皮をむく。
「あ、遅れちゃいけないと思ってね、どんな事が起こるか分からないから念のため早く家を出たんだ、たしか8時くらいかな?」
いくらなんでも念が入りすぎている当の本人は念入りにみかんの筋をとっている。
「は!?8時!?」
思わず今口に入れようとしていたみかんを落とす。
そうだ、こいつはそういう奴だった。
「あのなあ…お前、」
お前の家から俺の家まで歩いても15分かからないじゃないか。
ため息が出る。嬉しさよりも呆れる気持ちが勝った。さすがにここまでくると気持ち悪い、失礼だけど。
「でね、着いた時間が11時半くらいかな。早めについてよかったよ」
「なんでそんなにかかるんだよ…さてはまた何かあったな」
もはや当たり前の事となっているので、さすがに日向は驚かなかった。
「うん、信号に全部引っ掛かったのはもちろん、軽トラにバッグが引っ掛かって持っていかれたよ!」
不運な割に、嬉々として語っているようにしか見えないが、今更落ち込んでなんかいられないのだろう。
狛枝の相変わらずの不運ぶりに、日向は同情するしかなかった。
「あの、それでね…」
と、急に顔を伏せた。さっきまでの笑顔が悲しそうにみえる。
「日向クンへのプレゼント入ってたんだけど…ごめんね。ボクの貧弱な体じゃ追い付けなかったよ。ごめん、ごめんね、何もあげるものなくなっちゃっ…」
形のよい顔が段々崩れていく。
「お、おい、泣くなよ!何もくれなくたって十分嬉しいから!」
慌ててなだめた。まさか狛枝がここまでショックを受けているとは思っていなかった。
余程何もあげられない自分が悔しいのだろう。
泣きこそはしなかったが笑顔は消えた。
これはちゃんと自分の気持ちを伝えなければ。
力が抜けている狛枝の腕を片方掴み、1回居心地悪そうに咳払いをする。そしてもう片方の腕も掴む。
「狛枝が来てくれただけで嬉しいよ。大好きだ」
狛枝が顔をあげ、目を見開く。その顔が赤みを増していく。
肌が白いだけに、頬の紅潮が目立つ。
今度は恥ずかしさのために、顔を伏せた。
そのままボクも、と小さくぼそぼそと呟いたが日向にはよく聞こえなかった。
なに?と聞き返しても答えはなかった。
狛枝が照れているのを見ていると、日向まで自分が言ったことが恥ずかしくなってきた。
告白をもう一度した気分だ。
「日向クン、」
ふいに名前を呼ばれ、気まずさでそらしていた目を狛枝に向ける。
と、
狛枝が手を掴み自分の方へ引き寄せる。
バランスが完全に崩れ、日向には何が起きたかよく分からなかった。
口に柔らかいものが触れている。
それは1、2秒触れただけで、そのまま離れた。
「こんなことしか出来なくてごめん」
日向の唇にはまだ温かく、柔らかい感触が残っていた。
「これがプレゼントってか」
平静を保っていたが日向自身動揺していた。
キスはいつものことだ。特別なものでもない。
なのに初めてこの行為をしたかのような新鮮さがあった。とても、特別な事のように思えた。
触れるだけの軽いものだった。
ついさっき、狛枝の唇が触れた所を指でなぞる。
「まさか、これだけじゃないよ!」
日向がなんだこれだけか、という気持ちを含めたような事を言ったので、咄嗟にこう虚勢をはってしまった。
が、狛枝は何も考えていなかった。
「今日1日、狛枝を好きに出来る、とか?」
キスの後にそんな事言われたらそうとしか考えられない。
とはいったものの、引かれていないか言ってから心配になった。
違ったらいくらなんでも恥ずかしすぎる。
途端に落ち着かなくなったので、気休めに放置していたみかんを一気に口に放り込む。
「まあ…うん。プレゼントを失ったボクには自分がプレゼントになるっていうちゃちな発想しか思い浮かばなかったからね!いさぎよく何でもするよ!!」
「そんな罰ゲームみたいな言い方するなよ…」
さっきから地道に食べていた狛枝のみかんがあと一粒になった。
「なんでもいいのか…」
何をしてもらうか必死に考える。
キスが頭をよぎる。
ち、ちがう。もっと健全な事をだな。
狛枝はそんな日向をじっと見つめる。
日向が言うことならば正直なんでもいいのだが。
「あ、じゃあ一緒に初詣に行こう」
やっと出た答えに、
「…それだけ?」
狛枝は酷く落胆した。
初詣になんて、誕生日プレゼントじゃなくても、誘われれば絶対に行く。
もっと無理難題なものを期待していたのだ。
「それだけってなあ…じゃあその後狛枝の行きたい所に行こう!」
落胆する狛枝に少しイラ、とくる。
さっき狛枝が来てくれただけでいいと恥ずかしさを堪えて言ったばかりなのに。
「ボクの行きたい所ってそれじゃあボクの誕生日みたいじゃん…もっとないの?」
「あのな、狛枝の行きたい所に行くと狛枝が喜ぶだろ。それを見て俺も嬉しくなるだろ。」
つまり一石二鳥だ、と両手をピースサインにする。
先程から我が儘ばかり言っている狛枝に日向は怒らない。
自分の事を考えてくれているのが分かっているから。
日が変わった瞬間に来てくれたというだけでよほど祝いたかったという気持ちが伝わってくる。
一方の狛枝はため息を吐く。
自分の誕生日だと言うのに、そんな時でさえも他人の事を考えている。
本当にお人好しだ。
「…分かったよ。それで日向クンが喜んでくれるなら行こうか。」
「じゃあもうひとつみかん食べたら、早速行くか。」
日向が笑った。
それを見た狛枝の鼓動が早まる。
眩しすぎる、と思った。
呼吸困難になって死にそうだ。
みかんを2つとって、日向に1つ渡す。
「すじを念入りに取るの禁止な。さっさと食べるぞ」
狛枝がみかんのすじを取り始めようとしたとき、ここぞとばかりに日向が指摘する。
そして3粒一緒に食べる。大口を開けた。
狛枝もそれを見、みかんを半分に割る。
その半分を口に押し込んだ。
「…言われなくてもわかってる。」


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