愛しき世界と心中
おはよう。目醒めたボクにキミが微笑んでくれたことを今でも覚えているよ。血みたいに真っ赤な目を緩めて桃みたいに眦を赤く染めて笑ってくれたこと、忘れない。だからね、キミの手を引いて走り出すことに何の躊躇いもなかったんだ。躊躇いなんて要らなかった。これ以上傷付いて窶れてゆくキミを見ていられなかった。あんなものは罰でも何でもない。償いだと押し付けてキミの身体を開いてぐちゃぐちゃにするあいつらはカムクライズルを作り出したクズ共と何ひとつ変わらないんだから。

(走り出したこどもと手を引かれるこどもはいつだって寄り添って、例えば世界が終わる朝、海に煌めく朝陽を眺めて愛してるなんて囁いて瞼に唇を落とすのでしょう。)

 キミはいつだってボクのことを一番に考えてくれて何かあればすぐにボクの幸せは何なのか導くように説いてくれたね。誘導と言えば聞こえは悪いけど、キミみたいな何の変哲もない人間基準の枠組みに収まっていくのは苦でも何でもなかったんだ。ボクが欲しかったのは幸運でも不運でも幸福でも不幸でも絶望でも希望ですらなくて、ボク自身の基準だった。いつか誰かに創り換えてほしかった。だから、キミは間違ってなかったんだ。いつだってボクが欲しいものをくれたから。ボクの人生って結構幸せだったと思うよ?禍福に縛られて死ぬに死に切れなくて無様に生き延びてまた死に損なったけど、でもそれって全部、ボクが超高校級の幸運だったのも全部が全部、日向くんに逢う為だったって愛し合う為だったって、最後にそう繋がるなら充分に釣り合ってると思うんだ。うん、ボクは、幸せなんだよ。だってボクの在処はキミで、キミはずっとボクと共に生きてくれるんだから。こんな幸せなことって他にないよ。

(繋いでいた手は終ぞ離されませんでした。醜く朽ちて最早その面影をなくしても、生きる指と死んだ指は絡み合ってまるで縋るように。)

 ねえ見てよ日向クン。奇麗な朝焼けだ。地平線の下から照らされる陽光で暁の空が薄紅に染まって、舛花色の空と調和しながら混ざり合って、なんて、なんて美しいんだろうね。そうして顔を覗かせる金色の太陽は、まるでキミみたいだね。いつかのキミのだった目の色に、とてもよく似ているよ。世界がめちゃくちゃになっちゃっても、どれだけ戦争が起きても、空は巡るんだね。勿論知ってたよ。知ってたけど、キミと一緒に色んなものを見るとさ、改めて世界の美しさと浮き彫りになった人間の醜さに気付かされるんだ。あそこでも人間は充分腐ってたし、あんな連中が未来だの希望だの解った顔して掲げて世界を救うだなんて、冗談でも質が悪いくらいだったけど。……キミと一緒に、ここに来られて、よかった。

(がしゃがしゃがしゃ。たくさんの銃器が一定のリズムで跳ねた後にふたりのこどもを取り囲みました。抵抗すれば撃つだなんて、どうせ老い耄れ共は自分達が肥え太る世界を守る為だけに無抵抗な無辜を殺し尽くす癖に。人殺しの目をした鋼鉄の円は、赤い血が十字架を象るのを今か今かと待ち侘びているのです。)

 ……はあ。こんなにも美しい朝焼けだって言うのに、世界にはボクとキミを邪魔する無粋な輩でいっぱいだね。こんな有象無象なら要らないのにね。全部あいつみたいな絶望になって死んじゃえばよかったのになあ。世界にボクと日向クンのふたりぼっちだったらよかったのにね。だったなら、誰かの足音に脅えることもなくどろどろに溶け合って愛し合えるのに。

(こどもは腕の中で眠るこどもに唇を落として笑います。こどもが瞼を開かないことにこどもは遂に気付きませんでした。果たして何が希望で何が絶望だったのか、それはこどもが創り換えた基準でしか知り得ません。けれどもほら、こどもの笑顔を見て下さい。あの子はこんなに、こんなにもたおやかに、心から誰かを愛して笑えるのだと、そう思いませんか。)

 ―――嗚呼世界は斯くも美しい。ねえ日向くん愛してる愛してるよずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっ

(暗転。)

「―――報告します。作戦完了。逃亡中だった超高校級の絶望残党 狛枝凪斗の射殺に成功しました。対象は腕に抱いた腐爛死体へ一心不乱に話し掛けており、その内容からも希望更正プログラムに掛けられて尚絶望の伝播から抜け出せていないことは明白でした。射殺は已むを得ないものであり、聡明な判断でありました。尚、腐爛死体の身柄は狛枝凪斗と同じく逃亡中の超高校級の絶望残党 日向創と見られ、少なくとも死後半年は経過している模様です。以上、報告を終わります。全ては希望溢れる未来の為に―――――」



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