デジャヴの続きです。先にそちらを見てください〜〜
「違うんだ!!」
風が止んだ。平穏で静かな公園内に日向の声が響く。
「…何が違うわけ?本当は皆もう目覚めているんでしょ?ボクだけが目覚めてないんでしょ?」
平穏なこの公園の空気に押し潰されまいと、先程よりも大きな声で更にまくしたてる。
「…それは本当だ。」
違う、俺が言いたい事はそんな事じゃない。でももうこれ以上は隠しきれない。
日向は口を開く。
「今…今、この世界は5週目に入ってる。すぐに九頭竜が、1週目と2週目で残りが目覚めた。残りはお前だけなんだ。」
ここで一旦言葉を区切った。
精一杯の気持ちを込めて。
狛枝の不安をかき消すくらいの気持ちを、
そう思いながら、再度日向は微笑んだ。
「なあ狛枝、お前さ、もうそこまで思い出してるんだったら早くこっち来いよ。俺だけじゃない、皆お前のこと待ってるよ。だからさ…そんなこと言わないでくれよ…」
いや、微笑みきれなかった。
感情に負けた。
最後にどうしても顔が歪む。
悔しさ、虚しさ、色々な感情が混じった。
「本心は?」
「は?」
「だから本心は?」
「っだから………」
ここまで言っても疑うのか。
何処まで自分は信用されていないのか!
俺はこんなにも想っているのに!!
いや、違う。
ここでむきになってどうする?
無論これまで言ってきた事は全て偽りのない、自分の気持ちだ。
しかし、日向はまだ言っていない気持ちがある。
まさかそこまで見透かされているなんて。
日向は恥ずかしくなった。
いや、見透かしているわけではなくて只単に、狛枝は人から想われたことがないのだ。
だからここまで疑う。
言うのを一瞬躊躇う。
そして、さらけ出す。
「そりゃあ、怖いよ。お前が俺の事覚えてない上に絶望した状態で目覚めるんだからな。何をされるか分かったもんじゃない。
狛枝を想う気持ちが消えていってしまうかもしれない」
「でも」
「やっぱ目覚めてほしい。だってさ、現実にお前は居るのにこんな方法でしか会えないなんて、」
感情が込み上げる。
悲しい。
悔しい。
寂しい。
自分が憎い。
「ひ、日向くん?」
狛枝がめっきり黙ってしまった日向を見、狼狽える。
日向への攻撃的な気持ちがしゅんしゅんとしぼんでいく。
「…」
「…日向くん泣いてるの?」
狛枝は上手く気を使う方法を知らなかったので、そのままストレートに言った。
伏せた日向の顔をのぞきこむ。しかし目に雫はないし目も赤くなっていない。
「ないてないよ、第一俺はもう泣けないしな」
「…あ、そっか、」
初めて聞いた。いや、もしかしたら聞いたことはあるかも知れないのだが、さっぱり記憶にない。
それなのに、その事実は狛枝のなかですんなりと受け入れられた。
驚いている自分もいる。しかしそれを知っている自分もいる。
「俺がカムクラだってことも知ってるんだな」
カムクライズル。作られた希望。
これでもかというほど伸ばされた髪。
そして生気が感じられない赤い瞳。
記憶がフラッシュバックする。ここはどこだ?船だ。
「だってあなたはツマラナイ」
狛枝に向かって発せられた言葉。起伏も感情もない声。
本当に、これが日向クンだって?
信じたくない。しかしこの事実は脳に染み込んでゆく。
ああそうだ、彼は日向クンであり、カムクライズルだ。
「…ん、なんか脳がそういう認識をとるんだ。ボクは聞いた覚えなんかないのにさ」
思った以上にショックを受けていない自分に驚いていた。
辛うじて返事をする。
沈黙が続く。話を続けるか否か、目をうろうろさせていた狛枝が日向をちらっと見た。
目を見開く。
「っ…日向くん!!」
「どうした?」
狛枝の緊迫した声にもさほど動揺せず、たんたんと日向は問いただした。
「…涙、出てるよ」
「え?」
手で目から流れているものをぬぐう。
手には水の感触があった。
ぬぐった手を見ると、わずかに水が残っている。
予想外だった。起こるはずがなかった。
「ほんとだ…はは、狛枝が俺に酷いこと言ったお陰か?」
わざとらしく憎まれ口を叩いた。
「ごめん日向くん、ボクは君に酷いことを言ったね…本当に君がそんなこと思ってくれていただなんて…」
すると狛枝は珍しくしゅんとし、本気で反省しているようだった。
日向を信じることが出来なかった自分に嫌気が差した。
「いや、気にしないよ。もう2回も言われたからな。」
「…は?どういうこと?」
2回も?ボクは3週目からずっと、日向クンを疑っていたのか。それを日向クンはその都度受け止めてくれていたのか。それなのにボクは、
「回数を重ねていくにつれてお前は疑うようになっていった。涙が出たのは初めてだ。それで、最終的には狛枝がじゃあもう目覚めるから待っててね、っていうんだ。…でもお前は目覚めない」
「なあ狛枝、」
「本当はお前がここから出たくないんじゃないか?」
「は!?なんでそんなこと!!」
「仕返しだよ、さっきのな。」
声は笑っているが目が笑っていない。
これは軽口を叩ける状況じゃない、と感じ、やがて狛枝は目を伏せながら、重い口を開いた。
「出たいよ、」
「でもボクも君と一緒。怖いよ。君らを傷付けるんじゃないかって。君の事を嫌ってしまうんじゃないかって。ボクは出たいと思っていたけど、心の底でそれを拒んでいたんだろうね。」
途切れ途切れになりながらも、狛枝は言葉を吐いていく。
「ありがとう、本当の事言ってくれて」
「日向くんが本当の事言ってくれたからね」
「3回目だけどなっ!でも3回目で初めて狛枝の本心が分かったよ」
皮肉を込めて、3回目のところを強調させながら、日向は微笑んだ。
「…ごめんね。でも、やっぱり怖いな」
「安心しろよ、俺がそうさせないから。それに、俺はお前の幸運を信じてる。もしこの先不運続きだったとしても俺がぜーんぶ幸運に変えてやるから」
それは偽りでも見栄でもなんでもなく、
「日向くんそれは、嬉しいけど男前にも程があるよ…」
でも日向くんなら実現出来そうな気がして。
「俺も言ってて恥ずかしくなってきた」
「あはっ…日向くんってほんっと面白いよねぇ…」
二人そろって照れたところで、また沈黙する。けどさっきと今とじゃ気持ちが軽くなった。狛枝は安心してわずかな沈黙の時間を楽しむ。
ふと、日向を見る。日向は狛枝をじっと見つめていた。
慌てて目をそらすが、ひょっとして日向くんはボクに何か言いたいのかも知れないと思い、そろそろと日向を見る。
目が合った。
「待ってるから」
一言、日向は言った。
「うん」
「起きなかったら疑心暗鬼になるからな」
「そんな日向くんは嫌かな…」
「嫌だろ?じゃ、俺帰るな。それじゃ、」
どうせまた直ぐに会えるんだから余計な言葉は必要ないとばかりに、余韻も与えず日向は消えていった。
「あ、っ待って日向く」
それを言えたのはとうに日向がシャットダウンした後で。日向の気配も、跡形なく消えていた。
狛枝はさっきまで日向がいた空間をじっと見つめる。
(ありがとう、って言いそびれちゃったよ)
「ねえ、この世界は夢なんだよね?じゃあしょうがないから、夢からいい加減覚めないとね」
狛枝は誰に向けるわけでも自分に言い聞かせるわけでもなく、言った。
毎日のように晴天な空を見上げる。
こりゃ意地でも帰らないとね。