幕間:蛍光灯の白
こんなに上手くいくとは思っていなかった。
部屋の明かりをつけたまま、ごろりと布団に寝転ぶ。環状の蛍光灯は直視すると眩しくて、私は右手をそっとかざした。それからなんとはなしに、伸ばした手を、光を掴むように握る。
坂田銀時さんについての話は、仕事の客からよく聞いていた。手の打ちようがない天然パーマであることから始まり、彼の好物、生活態度、毎週読んでいる雑誌、万事屋の子供たちとのやりとり、とても腕がたち、強面のお兄さんたちから大家のお登勢さんの番犬と呼ばれていること、それから、彼の性質も。
彼はああ見えて警戒心が強い、らしい。一度感付かれてしまったらそこでおしまい。私の客の中には、既に『失敗』したという人もいる。
席の埋まった甘味屋の待ち合い席に彼を見つけたとき、チャンスだと思った。これを逃せば次はないと。それで私の事情をしっている店員に声を掛け、相席を提案することで偶然を装って知り合うことに成功した。
寝返りを打ち、身体を横向きにする。目覚まし時計はセットした、あとは電気を消して眠るだけだ。
初めて会話をした坂田銀時というひとは、思っていたより気さくな男だった。けれど心を緩めるべからず、警戒させぬよう距離感を大事にし、それでいて、振る舞いは魅力的に映るように。魅力はさておき、第一歩は合格と言ってよかっただろう。なんせ二度目の接触は、彼のほうから都小崎書房に足を運んだのだから。
枕元からリモコンを取り、パチリと消灯する。一瞬で視界は輪郭を無くした。ほんの二十年ほど前までは明かりと言えば行灯の火だったのに、便利な世の中になったものだ。幼い頃、夜中に目が覚めてしまっても、自分一人だと火はつけられないから随分怖い思いをしたのがちょっとなつかしい。
まだ彼の中では、私は『大丈夫』な人間なのだろう。ここからは距離の詰め方が問題になってくる。悟られてしまうと厄介だ、なるべく短期決戦でいきたい。
それにしても。
視線を泳がせて耳の後ろあたりを掻く坂田さんが、閉じた瞼の裏に浮かんだ。
「……簪買おうか迷ってる坂田さん、かわいかったな」