簪の空色
ふらりと立ち寄ったその店では、聞いていた通り、本の他にも筆記用具から少女向けのアクセサリーなど、さまざまな小物が売ってあった。パチンコの景品をぶら下げて、店内を物色する。
なにに使うんだかわからない柄もののテープに、色とりどりの便箋、なぜか持ち手にカエルのマスコットがついたハサミ。この全てを、今レジで本を読んでいる頑固そうなジジイが選んで仕入れたのかと思うとどうにも面白い。
ふと、青空のように透き通った簪を見つけて、預かり子のくるくると表情を変える目を思い出した。
「ああ、神楽ちゃんへのプレゼントですか?」
掛けられた声に振り向くと、ハタキを手にしたはるがいた。
「おう、はる。邪魔してるぜ」
「いいえ、いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧になってください」
帯留めのあたりでエプロンのように布を巻いて、彼女はにっこり笑っていた。あの日は餡蜜を食べ終わった彼女が先に帰っていったからわからなかったが、こうして立って向かい合うと、そこそこの身長差があるのだとわかる。あたりまえだが。
「なに、店の手伝い?」
「ええ、休日はやることがなくて」
「……ってこた、本職ではねェのか」
若くてもお妙と同じ頃、その逆でも俺よりは年下に見える彼女を、これまで町で見掛けたことはない。いや、もしかしたら俺が意識していなかっただけかもしれないが。
はるはぱちりと、綺麗に右目だけを閉じた。
「嘘ですけど、普段は占い師をしてます」
「うん? うそ?」
「ええ。実は探偵でもありません」
「消去法で攻めてくのやめない!? なに、ヤバイ仕事じゃねーんだよな?」
声を荒らげると、彼女はくすくす肩を揺らした。例のごとく、両手で口許を淑やかに覆って。
「女のヒミツは化粧と同じ、なんて勿体ぶってみます。いつか坂田さんもお客さんになるかもしれないですね」
それまでのおたのしみで。そう締めくくって、はるは俺の横に並んで棚を覗く。椿の花を模した髪留め、星の飾りがぶら下がる髪ゴムなど、そこには年頃の娘が喜びそうなものが陳列されていた。
彼女が来るまで見ていたものを思い出して、耳の後ろを掻く。
「……いや、別に見てただけだよ。色気より食い気のガキは、こういうのより菓子のひとつでも買ってやったほうがいいしな」
「まあ。ほんとにそう思ってます?」
簪についたトンボ玉には、よく見ると金魚の模様が入っている。空ではなく水の青だったか。祭りの時期はそろそろ終わるが、もしもこれをやったら普段使いもするだろう。あれでもけっこう、綺麗なものが好きなはずだから。
「面と向かって贈りにくいなら、景品に混ぜてみたらどうですか?」
「景品に」
「それ、あそこのパチンコ屋さんのですよね」
手に持った袋を指差され、閉口する。どうして今日に限って勝ってしまったのだろう、と、タイミングの悪い自分を呪いたくなった。
おらよ、と土産を机に置くと、目を光らせた神楽はソファから文字通り飛び上がった。詰められた菓子を、上から尋常じゃないスピードで食べていく。俺は気のないふうを装って、腰掛けた社長椅子をくるりと回した。
「ん、ぎんひゃん」
「こら、口にものが入ってんのに喋るんじゃありません」
くるり。また椅子を回転させ、天井近くに掛けた『糖分』の文字を意味もなく睨み付ける。麩菓子をもそもそと飲み込んだのか、神楽は再度口を開いた。
「……かんざしアル」
「え、そんなモンも入ってた?」
応接間には、暫しの静寂が訪れた。どこか遠くでツクツクホーシの鳴く声がする。
「私、もらってもいいアルか?」
「どーぞ? 俺ァ使いようがねーしな」
あの額の文字は、我ながらうまく書けたと思っている。半紙全体の長さと字の置き場のバランス、糖の字が潰れないようなちょうどいい太さの線、分の画数が少ないながらも堂々とした佇まい。
はあ、とチャイナ娘がため息を吐く音がした。
「オイシャイな天パ、冷蔵庫からいちご牛乳取ってきてやろうか」
「……ありがとう、工場長」
見透かされていることに気まずさを覚えつつ、くるくると回って椅子の向きを元に戻す。神楽のちいさな背中が、台所に向かっていくのが見えた。こういうときにジャンプがあれば顔を隠すのに便利なのだが、生憎前号が合併号だったから今週の発売はなかったのだ。
あれ、そういえば。
「俺がジャンプ読者だって、なんでアイツしってたんだ?」
ごく今更の疑問に、答えてくれる人はこの場にはいなかった。