プリン
あ、と思わず出した声が、男のそれと綺麗に重なった。コンビニエンスストアの一角で、手を伸ばしたのは生クリーム乗せとろけるプリン。最後のひとつを取らんとする手はふたつ。
顔を上げて右に向けると、眠そうな目をした男と視線がかち合った。
「……プリン?」
「プリン」
男が問い掛け、私は頷く。好物を奪い合おうという敵対心よりも先に、仲間意識のようなものが芽生えた。睫毛も瞳もそれから髪も、月のような銀色だったから、昔実家で育てていた仔猫を思い出したのかもしれない。
プリンを掴もうとしていた指先を揃え、手のひらを上に。
「どうぞ」
「えっ」
プリンと同じくらいとろんとした瞼が、それでもくるりと瞠られた。ああ、やっぱり。僅かだけ首を傾げるその角度も、ふわふわむくむくの毛並みも、五歳のころに飼っていたムクちゃんそっくり。
「いいの?」
「いいですよ、私ここよく来るんで。別のにします」
「マジで? やった、お姉さんあんがと」
やった、と言う割りにはそんなに嬉しそうでもないが、こんな通りすがりの相手にではもともと表情など出しにくい人もいるのだろう。微笑ましい気持ちになりながら、私は抹茶プリンを手に取った。
あ、と見事に揃った声にデジャヴ。いや、デジャヴは『既視感』だから聴覚ではなく視覚の問題なのだろうし、そもそも本当に前にもあったのだから、経験がないのにあったような気がしてしまう現象には当てはまらない。
またもや見遣った右斜め上には、一週間前に会ったムクちゃん、もとい、銀色の男がいた。
「……エクレア?」
「エクレア」
なんとなく、上から下まで眺めてみる。彼が腰に木刀を佩いていることに、そこではじめて気が付いた。ムクちゃん、いつのまにお侍さんに。いやいや。
「奇遇ですね、えー……洞爺湖さん」
「いや、これ俺の名前じゃないからね? あの……プリンの人」
「間違ってはないですけど、なんとなく不本意です。髪この前染めましたし」
「もしかしたら脳味噌がプリンなのかも」
「五割増しで嫌ですね」
とろん、とした目が、ちょっと笑う。男はエクレアに伸ばしていた手をくるりと返し、大袈裟なほどうやうやしく会釈をした。
「どうぞ?」
先日の私の真似っこなのだと、数秒遅れて気が付いた。
「……え、いいんですか?」
「うん、あんときのプリンマジうまかったからね。おかえし」
「やった、ありがとうございます」
お言葉に甘えて、最後の一袋を手にする。男は横にあったロールケーキを右手に、いちご牛乳を左手に持ってレジへ向かった。二つあるレジのどちらも空いていたから、彼は出入り口付近にある左のレジ、私がすぐそこにある右側で商品を出す。会計はほとんど同時に終わった。
タリタリラリ〜ラタリラリラ〜、というお馴染みのメロディに送られ、コンビニエンスストアから出る。私と男は、駐車スペースでのんびりと止まった。このままさよなら、という空気ではないし、私も彼にいささかの興味が芽生えている。
「いやー、にしても奇遇だな。お姉さん……」
「あ、はるです。都小崎はる」
「おう、はるさん。俺ァこういうモンでよ」
ん、と差し出された紙片を受け取ると、そこには『万事屋銀ちゃん』、『坂田銀時』、それから住所と電話番号が記されていた。まじまじと見つめ、ばんじや、と口にする。
「や、それで『よろずや』って読ませてる。要は便利屋なんだがな、困ったときはこの万事屋銀さんにお任せあれ」
ちょっと芝居がかった口調で言って、ムクちゃん改め万事屋銀さんは、左の袖を捲るような仕草をした。彼の手にあるレジ袋が、がさっと音を立てる。なるほど、と私は頷いた。
仔猫みたいに首を傾けて、銀さんはニヤリと口角を上げる。
「甘党のよしみだ、依頼のときはオマケしてやるよ」
なんだか得意げな彼に、ふふ、と笑みが込み上げた。
「……はい。困ったときはよろしくお願いしますね、銀さん」