祈り
 ひどく寒い日のはずなのに、汗ばんだように感じられる。一晩中動悸が収まらないのでは、体に悪い。そんな風に思って体力を温存しようとするとまもなく、たった今、動悸どころではない体の痛みを伴って戦っているかもしれない鬼殺隊の面々がなまえの頭をよぎり、とても座ってはいられない心地になった。

 何度時計を見てもまるで亀の歩みのように感じられるため、なまえは立ち上がっては例の言葉を繰り返し心の中で唱えた。

 ――夜明けに備えられたし。

 夜明けに。
 何が起こるだろうか。

 戻った、といつものように帰ってくるだろうか。いや、帰って来ないなどということは考えられない。強くそう自分に言い聞かせたなまえは、頭に浮かんだ恐ろしい光景を必死に掻き消す。

 ――夜明ケニ備エラレタシ。

 今までにこのようなお達しが出たことはなかった。少なくとも、今夜、全てを賭した戦いが繰り広げられている。ならば、もう持っているもの全てを、抱えているもの全てを投げ打ってお支えする時が来ているのだ。

 なまえは座敷の隅に風呂敷を広げ、屋敷にある使えそうなものを片っ端から並べ始めた。ガーゼ、包帯、予備の手拭いを持てるだけ。すぐにかじって栄養を補える果物、蝶屋敷で分けてもらっている塗り薬。いつ隊士が運び込まれても良いように布団類を一式出しておく。

 沢山の人が来ても対応できるよう縁側のある廊下の戸は閉めないで待つ。
 それでいて、いつ飛びだすことになってもいいよう他のすべての場所は戸締まりをしておいた。

 恐ろしくて見られなかった柱時計の代わりに、空が彼女に夜明けを知らせた。
 遥か彼方の空が、徐々に白み始めている。

祈り

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