招集
「緊急――ッ!!」尋常ならざる鎹鴉の声に、場の空気が一転して緊迫する。瞬時に、警戒の度合いが最高潮になったのが肌で分かる。なまえが二人を振り返ると、義勇と炭治郎は既に帯刀し、庭へ飛び出していた。台所にいたなまえは土間を抜け、急ぎ庭へ面した縁側へ向かう。
「義勇様、炭治――」
「向かうぞ」
「はいっ!!」
彼女が呼びかけるのとほぼ同時に、義勇と炭治郎は飛ぶようにして門まで駆けていた。声が届くよりも早く二人が門を抜けていくのを、なまえにはただ邪魔にならぬよう見ていることしかできなかった。今までにない性急さに、鳥肌の立つような危機感が募る。
突然の、一瞬の出来事だった。
まやかしのごとく急に人の気配を失った水柱邸の縁側、一人取り残されたなまえは、どっどっと鳴る自身の鼓動を痛いほどに感じながら、たった今起こった出来事を咀嚼する。
お館様のところに、襲撃。
それが意味することとは……。
鬼殺隊のこの上ない危機である。
足の力が抜け、なまえはよろりとしゃがみこんだ。布巾を握りしめた手を胸元でぎゅっと抑えると、自身の拳が小刻みに震えているのが分かった。
彼女の頭の中を、これまでに聞いた話がよぎっていく。
――鬼がとんと現れなくなった。
――来たる決戦に備え稽古をつける。
――鬼殺隊の本丸である産屋敷邸への襲来。
お館様の居所は厳重な管理と警戒のもと、外部のものには解らぬようになっていると聞いた。そこに襲来があったということの意味……。そんなことができる存在……。
逃げろ、と叫んだ父の声。断末魔。あの夜嗅いだおぞましい臭いが急に辺りに満ちた気がして、なまえは首を振った。
「御武運を……」
切り火もなく、何を言うことも叶わず二人は行ってしまった。
届かぬと分かっていても、口に出して祈らずにはいられない。なまえは震えを鎮めるよう全身に力を込め、自身の全てを捧げるつもりで呟いていた。
最終決戦。
ただの一秒も逃すことのできない、己の命、繋がれた想いのすべてを賭けた戦いは、こうして唐突に始まりを告げたのだった。