直射日光
 覚悟が、足りない。
 昨夜、尋常じゃない数の雑魚鬼を倒した。それですっかり任務を終えた気になって、疲労を感じながらの帰り道、完全に油断していた。明け方になって遭遇した鬼を前に、先手を取られてしまった。気の抜けた体がいとも簡単に翻弄される。
 私っていつもそう。威勢はいいけれど、実際にはこんなに弱い。時間稼ぎばかりで決定打が出せず、消耗が激しい。心細くなって上官の姿が思い出される。
 陰めいた存在の水柱、冨岡さん。
 出会ったばかりの頃、気に入られたくて「柱になりたいです!」と言ってしまったことが恥ずかしい。不意に視線を逸らされ、返事もしてもらえなかった。今の姿を見られたら、どの口がのたまったかと呆れられてしまうに違いない。

 後悔に身を捩りながら、傷だらけの体で何とか開けた場所まで逃げる。あともう少しで私を仕留められると踏んでいる鬼は、揚々と距離を詰めてくれる。
 ――この場所なら。
 この場所なら、日の光が直接に当たる。陽光。太陽の縁で揺らめく眩い熱、不思議なのについ目をやってしまうあの光。子どもの頃、「日の光を直接見てはいけない」とよく祖母に叱られた。でもね、今はあの光こそが希望。あの光は、何にも代え難い強みになるのよ、おばあちゃん。

 振り返ると鬼がにたりと笑うのが視界に入った。私はお前ではなく、てめえの後ろの夜明けを見てるんだよ、馬鹿が。
 声に出さなくても威勢ばかりがいい。こういうのは、虚勢と呼ぶのかもしれない。だって家族も友も失って、お洒落することもなく血に塗れて、一人寂しく散るのなら、せめて気高くありたい。
 容易に回復を見せる鬼が、振りかぶったまま飛んでくる。ああもう避けるのは不可能な間合いだ。せめて気高く。最後まで気概を失わずに。

 固く目を瞑って身構える。その身体に想定した痛みが走らず、焦って目を開いた。
 もう見ることは叶わないとつい先ほど覚悟した世界。そこに、どうやら私はまだ立っていて、この世に別れを告げているのは鬼の方だった。歪んだ身体が、塵と化して崩れていく。
 陽光が、出たのだ。間に合った。
 何とか生きながらえたと思った途端に足の力が抜け、がくんと膝が落ちる。その瞬間、力強い何かが脇下あたりに差し込まれ、私はすんでのところで倒れずその場に留まった。

 「よく耐えた」

 耳に届いた声に、何が起こったかを理解する。鬼を倒したのは朝陽ではなく、冨岡さんだったのだ。
 塵の隙間にその姿が見え始める。私が、隊士が生きているのを確認できた口元は静かに結ばれ、その上に、鬼を斬る時だけ垣間見える、強い意志を宿らせた瞳が深い青を呈している。夜明け直前の広場の中。静かに佇みながらも煌々と強く輝く、圧倒的な存在感。
 影めいた存在だなんてとんでもない。この人こそ鬼を斬るのに欠かすことのできない人。強い日光のような実力を内に秘める人。

 ふと、頬が濡れているのに気がつく。馬鹿だ。私は泣いているのだ。
 生き延びた安堵か、一度は腹を括った覚悟か。己の弱さへの嘆き? それとも上官への憧れか。自分でもよく分からない。情けなくて、顔を隠すように下方へ向ける。

「柱になるんじゃなかったのか」
 冨岡さんはぼそりと一言告げる。そんなことを言う人じゃないことは、もうよく知っている。励ましと分かるその言葉に息が詰まって、上手に答えられそうになかった。
「私には到底……」
 嘆くように吐き出すと、冨岡さんはそっと腕を抜き、いつものように視線を逸らす。被害を確認するように少し歩いて、私から距離を取る。冨岡さんはいつもそうやって、自分の胸の内を容易には明かさない。
 でもこの人は決して、後輩や周囲の人を蔑ろにしたりもしない。
「……立場は関係ない」
 たった一言添えられた言葉に、「鬼を滅する意志、その強い意志があれば」、そう言われているような気がした。死の間際まで、鬼を殲滅すること、大切な人を想い続けた自分が救われるようで、じわじわと生きる目的が思い出されていく。

 夜明けだ。冨岡さんの背中に、遅れて出てきた陽光が当たって気がついた。大きな背中、美しい亀甲柄の羽織に反射して、こちらへまっすぐ射す光に目を細める。
 ――日の光を直接見てはいけない。
 何度も言い付けられた言葉に背いて、私は抗えず、その背中を見つめる。

直射日光

PREVTOPNEXT
- ナノ -