柱稽古は突然に
さて、日が傾いてきた頃、早速調達したお茶と菓子を持って裏庭を訪れたなまえは、不思議な光景を目にしていた。義勇と炭治郎が、竹箒を使って崩れた玉砂利を元に戻していたのだ。
「義勇様、炭治郎、お茶をお持ちしました。あの、風柱様は……?」
なまえが不思議に思い辺りを見回すと、義勇がのんびりと答える。
「帰った」
それから二人は箒を立てかけ、縁側へ腰を下ろす。なまえは盆を置き、二人に手拭いを渡しながら、風柱に挨拶ができなかったことを気にかけた。
「まあ……早いお帰りだったのですね」
残念そうに漏らしたなまえの声に、義勇はおろか炭治郎も相槌を打たなかった。
風に揺れる竹林のさわさわという音だけが耳をよぎり、三人の間に何とも言えない空気が広がる。
「実は、俺が不死川さんを怒らせてしまって……」
「えっ? 炭治郎が?」
「接触禁止を言い渡されてるのに、またやっちゃいました……」
くよくよと気まずそうに下を向く炭治郎を見て、一体何があったのかとなまえは心配した。買い物へ行く時にすれ違った炭治郎はあんなに元気に嬉しそうにしていたのに。しかし炭治郎の様子を思い出せばこそ、何となくその後起こり得た流れを推察できるような気もした。風柱がやや怒りっぽいのは事実であろうし、炭治郎がたまに悪気なく懐に踏み込むところがあるのも事実だ。それが炭治郎のいい部分ではあるのだが。
「なまえはおはぎを作れたな」
今度は義勇が、突拍子もないことを言い出す。しかし彼女は慣れているので、もはや驚きもせず、にこりと頷いた。
「はい。ご所望ですか?」
「不死川はおはぎが好きらしい」
「まあ!」
「それで、義勇さんが今度不死川さんに会ったらおはぎを渡せば仲良くなれるんじゃないかって!」
おはぎの話題になった途端、にわかに明るさを取り戻した炭治郎の言葉を聞き、なまえは目を丸くする。
「まぁ……」
そして。
彼女はなんていい提案なのだろうかと瞳を輝かせた。
「それは素敵な案ですね! じゃ、じゃあ今日のあん団子もお気に召していただけたかしら……」
「あれは美味かった」
「なまえさん、気が利きますね!」
「では次の時にはおはぎを用意いたしましょう」
「つぶあんかこしあんか、どっちがいいだろうって相談してたんです」
「こしあんの水羊羹もつぶあんの団子もすぐに食べていた」
「でっ、では、念のため両方用意しておくのはどうかしら……?」
遠慮がちになまえが提案すると、義勇と炭治郎は一瞬、目を見合わせた。
「……助かる」
ほんのりと頬を緩めて義勇がはにかんだのを見て、なまえは心から、水柱と風柱が仲良くなれることを願ったのだった。
■
なまえは今度こそと、炭治郎と迎える夕食を楽しみにしていた。
義勇が夜間警備に出発する前に出来れば三人揃って……と、早いうちに下拵えは済ませておいた。
しかし今度も、三人が揃って食事することは叶わなかった。
けたたましい声を上げて、水柱邸に鎹鴉が飛び込んできたからである。
「緊急招集――ッ!! 緊急招集――ッ!! 産屋敷邸襲撃ッ…産屋敷邸襲撃ィ!!」