柱稽古は突然に
 休憩時間は唯一、滞りなく過ぎていった。
 二人が一息つこうかと木刀を下ろした時、なまえは抜群の間に盆を持って現れた。結露したガラスコップには冷えた麦茶がたっぷりと入れられ、汗を拭う為の手拭いも、濡らして冷やされたものと乾いたものの二種類ずつ用意がある。汗だくの実弥と義勇はこれで大いに心地を改められた。
 一口くらいの甘味があると良いのでは、というなまえの気遣いは喜ばれ、用意した水羊羹とあん団子もすぐに二人の腹へと消えた。

 義勇が手拭いを使い終える瞬間を見計らって、なまえはさっと手を差し出す。実弥はその様子を見て、なるほどなまえこそが水柱邸専任の女中なのだろうと思った。
 隠達が口にしているのを聞いたことがある。「水柱のお屋敷にはあの子がいるから安心だ」と。
 実弥はまじまじとなまえを観察する。彼女は周囲に熱心に視線を巡らせ、合間合間に必ず義勇を確認する。そうして、義勇が何かしようとするとさりげなく横について必要なものを差し出したり、義勇に聞かれたことに答えたりしていた。

 ああいうことをするから奴の口数が減るのか、それとも口数が少ないからああならざるを得なかったのか。頭に過るお節介を打ち消しながら、実弥は手際よく手拭いを折りたたんでいく。
 なまえはその様子にすぐ気が付き、手を差し出す。実弥は感心しながら、そっと手拭いを返した。



 さて午後には、お待ちかねの人物もやってきた。

 今後のための食材を調達しに急ぎ買い物に出たなまえは、竹林に紛れた緑色の羽織を見つけて小さく息をのんだ。なまえは逸る足で走り出し、その姿を確認するや否や声を掛けた。

「炭治郎!」

 全快してここまでの各柱稽古を終えた炭治郎は、少しの期間会わないうちに一段と逞しくなったように思える。なまえは義勇の心を動かしてくれた炭治郎に感謝の視線を向けながら彼を見つめた。

「なまえさん!」

 炭治郎がわくわくした様子で口を開く。

「今日からお世話になります! 義勇さんはお屋敷にいますか?」

 その口調は待ちきれないといった様子だ。

「ええ。先ほど私が出てくる時は、義勇様は裏庭にいらっしゃったわ。多分、風柱様と……」
「そうなんですねっ、分かりました! では、行ってきます!」
「あっ!!」

 よほど楽しみなのか、炭治郎はなまえの言葉を最後まで聞き遂げず走り出してしまった。なまえは呆気に取られつつ、義勇を慕ってくれる炭治郎の様子に笑みをこぼしたのだった。

柱稽古は突然に

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