柱稽古は突然に
 二連続で失態を晒してしまったなまえは、しかし不思議なことに恐縮とは違う鼓動の高鳴りを感じていた。緊張と、尊敬。

 初めて目にした風柱は、見た目こそ粗暴な印象ではあるものの、実に筋の通った一本気な人柄であるように感じられた。
 落ち着いて振り返ってみると、彼女が玄関先で転んだ時も、実弥は手を差し出そうとしていた。観察するに、どうにも水柱の言動が気に障ってしまう様子ではあるが、我が主人の性質はなまえにもよく分かっている。彼女にとって義勇は尊敬すべき主人、心の内に秘めた優しさを持つ素晴らしい柱だが、率直な言葉と態度で相手と対峙する実弥が苛立ちを感じるとしても、無理はない。何せ、水柱は言葉が足りないので誤解を生みやすいのだ。
 しかし随所で苛立ちを見せながらも、実弥は一度もなまえを怒鳴りつけたりはしなかった。

 なまえは今度こそ邪魔にならぬよう屋敷の中、女中部屋に留まった。そこで、障子を揺らす風や弾かれる小石、振られた木刀の音を耳にしては、こそこそと窓から裏庭を覗き込んでいた。
 彼女の視線が裏庭の隅にある置き石で止まる。


 実弥はあのあと、「オメーが言っとけよ冨岡ァ!!」と水柱に怒声を浴びせた。義勇はこくりと頷いたようだったが、なまえは恐ろしくてあまりよく確認はしていない。彼女の頭を支配していたのは、どのように実弥の腕の中から降りるべきかという難題だったのだ。
 しかし考える必要はなかった。「ったく」と小さく吐き捨てた実弥は、その言葉の荒さとは裏腹に大きな手のひらでしっかりとなまえの背と膝の裏を支え、そっと優しく石の上に彼女を座らせてくれた。膝の裏の手はすぐに離し、背中の手は彼女の姿勢が安定するまでさりげなく添えられていた。
 その気遣いたるや、これまで異性とろくに触れ合ったことのないなまえには些か強すぎる刺激である。些細な動作ひとつで、彼女には風柱が心根の親切な人物であることがよく分かった。


 そんなこともあり、なまえは裏庭に行く前のように実弥を恐ろしい人物とは感じなくなっていたのだ。

 窓から覗く柱同士の手合わせは圧巻で、彼女は息をするのも忘れて見入った。
 そもそも、二人の姿がろくに視認できないのだ。剣技の合間合間、音のした辺りに羽織の動く様子や砂利が動く足元の様子が感じ取れるが、表情などはまったく見ることができない。

 それでも鬼殺隊、それも柱が実際の呼吸を使用しているところを見たことがないなまえとしては、この上なく貴重な機会に不謹慎ながら胸が弾んでしまった。
 風の呼吸が出されると、辺り一体にびゅうと風圧がかかり、木々が揺れていく。
 水の呼吸は反対に、その場の空気を鎮めるように、ありのまま受け流すような空気感がある。
 一見冷たく、そしてのんびりとしても見える義勇が、目にも止まらぬ速さで水の呼吸を扱っているのを見て、なまえは改めて尊敬の念を強めていた。

 しばらく激しい剣技の応酬が続いたあと、二人が向かい合い木刀を下げた。軽く呼吸を整えている様子を見て、なまえは休憩の支度を台所へ取りに行くことにした。


 さて、実弥の方はというと、彼は非常にばつの悪い思いをしていた。まるで落ち着かない。

 柱である実弥と義勇には、勿論のこと周囲の様子ははっきりと認識できている。
 技の合間合間に、女中部屋の窓からなまえがきらきらした目でこちらを凝視していることは、二人にはよく分かった。うまく姿を見つけられず夢中になっているのか、きょろきょろと視線を動かし、瞬きをし、じいっと目を凝らしているなまえの様子は、実弥にしてみれば熱視線もいいところだった。

「……いつもああなのか」

 彼女が下がったことを確認して、実弥がぼそりと呟く。今度は質問の意図を汲むことの出来た義勇が静かに応答した。

「……普段はもう少し落ち着いている」

柱稽古は突然に

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