炭治郎、来たる。
 廊下に取り残された二人は一旦、共に互いを懐かしんだ。

「炭治郎! 元気にしてる? 身体は無事なの? 禰󠄀豆子が太陽を克服したって聞いたわ」
「はい! おかげさまで……」
「まぁ! でも、松葉杖をついているじゃない……!」
「大したことはないです! あと七日で復帰許可も出るので!」
「そうなの? ここまでの移動は大変だったでしょう。お腹は空いてない? 近くに宿を取っているの?」
「なまえさん……」

 出会った頃のようになまえが矢継ぎ早に言葉を連ねるので、炭治郎は返事が追いつかず困ったように優しく眉を下げる。
 突然の再会に興奮しすぎたことを自覚したなまえは、今は水柱が在宅していること、しかもすぐ近くにいることも思い出し、慌てて手で口元を覆った。

「ご、ごめんなさい……」

 なまえは性急すぎたことを謝り、声を抑え肩をすくめたのだった。



 道場へ戻る廊下を進む義勇の心は混沌としていた。
 柱稽古のこと、炭治郎のこと。どう考えようとも折り合いをつけることはできない。
 実力をつけ、真っ当に成長している炭治郎こそ水柱に相応しい。柱合会議では厳しい判断を下した他の柱たちも、このまま実績を積んだ炭治郎であれば受け入れるはずだ。選別も通過していない自分のような者があの場にいるよりずっと士気も高まり統率も取れるだろう。だからこそ、炭治郎が水柱となることを心のどこかで期待していた。

 それに、他の隊士とて同様だ。皆、選別を突破したのだ。死に損ない、たまたま生き残った自分のような者に教えられることなど何ひとつない。水柱として稽古をつけるなど烏滸がましい。許されるはずがない。


 ……それに。

 義勇の胸に新たな懸念事項が浮かぶ。
 先ほど目にしたなまえの表情のことだ。何か迫るものがあった。

 彼女は自分が昼に在宅している理由を知らない。言う必要もないと考えていたが、もしや隠から柱稽古のことを聞いていたのではないか。

 義勇はつい今しがた覗き見たなまえの表情を思い浮かべた。
 炭治郎と話す時の嬉しそうな、安堵したような表情。何か張り詰めていたものが緩むような印象を受けた。
 義勇は、友人に向けて年相応に語りかけるなまえの姿をこの時初めて知ったのだった。 

炭治郎、来たる。

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