ちりめんの励まし
その夜の任務は普段以上の激務だった。水柱は一晩のうちに複数の鬼と遭遇したが、そのうちの一体は下弦の鬼だった。今しがた鬼を斬ったばかりの義勇の元へ鎹鴉から緊急の指令が届いたのは、夜も深まった頃だった。義勇は息つく間もなく次の任務地へと向かう。辿り着いた先には、異様な光景が広がっていた。
既に辺り一帯には血の飛び散った戦闘跡が広がっており、苦戦を強いられた様子がまざまざと浮かび上がっている。先に来ていた隊士の奮闘が伝わるとともに、無事が懸念される。しかし、肝心の隊士本人の姿が見当たらない。血鬼術なのか妙に濃い靄がかかり、仲間がどこにいるのか、加えてどの方向から敵が来るのかが掴みにくい状況だ。先に来た隊士がこの靄に苦しめられたことは明白だった。
しかし、柱である義勇には鬼の気配がくっきりと判別できた。後方から襲い掛かってきた下弦の鬼を義勇は速やかに斬った。思いもよらぬ方向へ飛ばされ、ぎょっとした鬼の頸が、ぼろぼろと崩れ始める。それが完全に塵となった瞬間、周囲を覆っていた靄はたちどころに晴れた。
暗闇の中には傷ついた隊士が一人、倒れていた。
苦しそうに悶える身体の下に血溜まりができている。
義勇は駆け寄り、急ぎ容体を確認した。
「負傷箇所は」
「右足……です。切り裂かれ……ましたっ」
若い隊士が肩を揺らし、切れ切れに告げる。他に仲間は見当たらない。下弦の鬼を相手取り、一人で劣勢を強いられた隊士の身体は酷く消耗していた。発言を受けた義勇が目を向けると、彼の右足の隊服は引き裂かれており、露出しているはずの肌はどす黒い血で覆われている。
急ぎ止血が必要だ。しかし鬼を斬ったばかりで、隠の到着までまだ時間がかかるだろう。
義勇は彼を抱えた。
「冨岡様、血が……ついて、しまいますっ……ぅぐっ」
「構わん。呼吸に集中しろ」
人目につかぬところへ移動した義勇は負傷した隊士をそっとおろし周囲を見回した。
隊士が自ら押し当てていた隊服の切れ端は、とうに血を吸いきりまったく機能していない。傷を覆う生地をもっと厚くして圧迫する必要がある。何かこの上に重ねて押さえられるもの……そう考えた時、義勇の脳裏に生地について語っていた小間物屋の店主の顔が浮かんだ。
義勇はポケットへ仕舞っていたちりめんのはぎれを咄嗟に取り出す。止血には不向きと思われるが、無いよりはまし、折り畳めば急場を凌ぐくらいはできるだろう。義勇は鮮やかで繊細なちりめんの生地を、隊服の切れ端の上へ躊躇なく押し当てた。
「とみ……おか様っ、これは……!? も、申し訳ありません……!」
「いいから話すな」
どう見ても止血用ではないそれが見る間に自らの血で赤く染まるのを、隊士が必死に詫びる。
水柱がそれを責めることは、決してなかった。