ちりめんの励まし
 “――では、私のやりたいように扱ってよろしいのですか?”

 任務へ向かう途中の街を歩いていた義勇は、小間物屋の前で目に入った品に先日の出来事を思い出していた。
 店の隅に置かれたかご。その中に、ちりめん生地のはぎれが並べて入れてある。義勇は導かれるように、ふと足を止めた。

 贈り物だとか女心だとかの類は全くといっていいほど分からない。
 そう思いながら、義勇は何の気なしに手前の一枚を手に取る。
 小さく裁たれたちりめんの生地は、独特の肌触りに鮮やかな色合いがあることくらいは理解できるものの、それはただの事実であって、特に心が動かされるような感動はない。

 しかしなまえのあの喜びよう。
 普段からにこやかな娘ではあるが、先日の顔の綻ばせ方は質が違うように感じられ、何とはなく意識に残っていた。
 寛三郎が“彼女は”ちりめんが好きだと言っていたから、女全般というよりは彼女の特別の趣味なのかもしれない。

 無意識に考えながら、義勇はちりめんの入ったかごをじっと見つめていた。買うつもりは全くといってなかった。しかし、商売人の目は鋭い。

「お兄さん、お目が高いねえ」

 ぼんやりした視線を戻し、先を急ごうと顔を上げるのと時を同じくして、水柱は店主から呼び止められてしまった。義勇が仕方なく視線を戻すと、店主は彼が先ほどまで見つめていたはぎれの一枚を持ち上げ、広げてみせた。

「これはさ、一反ともなると到底手に入れるのは難しい額になっちまう。うちはね、着物にできなかったはぎれをこうやって安価で置いてるんだ。腐っても鯛! いい生地はお細工ものにしても仕上がりがいい」
「……そうですか」
「特にこの生地なんか華やかだろ? いくつかあったけどすぐに売れちまって最後の一つよ」
「……」

 この場を切り上げて先を急ぎたい義勇が鈍い反応を示す。その様子は野暮ったい男が煮え切らず迷っているようにも見えて、これは生地に疎いいいカモを見つけたと言わんばかり、店主は売り文句を連ねはじめた。

「こんなに人気なのは珍しいよ。上等な品が次いつ入るか、こればっかりは時の運だからね。今日を、いや、今を逃したらそうそう手に入らないかもしれない。若い娘や子どもさん、ちょっとした手土産に喜ばれること請け合い」
「……」
「悪いことは言わないから、この一枚だけでも買っておくべきだ! さあ、どうする? 迷ってる暇はないよ、ほら、勘定をしなくっちゃあ」
「……はあ」

 店主の強引な口車に促されるまま、義勇はまたしてもちりめんの生地を購入したのだった。

ちりめんの励まし

PREVTOPNEXT
- ナノ -