ちりめんの励まし
 なまえには勇気を出して確認せねばならないことがあった。
 いつかそのうち、機会があれば、と思ううちに二年近くが経っていた。しかしいい加減、聞かなければ宝の持ち腐れである。

 女中部屋。
 引き出しの中で眠っている、ちりめんのはぎれ。

 それは、まだ水柱のもとへ仕え始めて日の浅い頃、寛三郎が「義勇カラ」と持ち帰ったものだった。
 当初はこのはぎれで何をするべきなのか分からず困惑したが、あれ以来具体的に使用を促されることもなく時が過ぎている。
 寛三郎は「義勇カラ」と言っていた。そして当の義勇は「好きに使え」と言っていた。

 当時水柱邸へ来たばかりだったなまえには、その意味を読み解くことは難しかった。しかし寛三郎と義勇を見続けてきた彼女には、今やほんのりと推察するだけの技量が身についていた。

(これは、もしやお土産だったのかしら)

 当初義勇のことをとんでもない人嫌いの冷血漢と思っていたためそんな考えは微塵も浮かばなかったが、帰ってきた時の噛み合わないやりとりを思えば納得もいく。
 問題が生じたらすぐに言うべき、遠慮せずに話していいと蟲柱も言っていた。真相を確かめる為の言葉を発せないほど、水柱は冷たい人物ではない。それを、今のなまえは知っている。

「義勇様、あの……」

 鍛錬を終えた義勇へ冷水を渡し、覚悟を決めたなまえが口を開く。
 汗を滴らせた首筋、湯呑みを傾けこくりと喉仏を上下させた義勇が、彼女の方へ視線を向ける。それを合図に捉え、なまえは続けた。

「随分と以前のことですけれど、私がお屋敷に来たばかりの頃、ちりめんのはぎれを受け取りました」

 彼女の言葉を受けて、義勇の動作が鈍くなる。続けて、虚ろになった視線で一点を見つめ微動だにしなくなったため、なまえは焦って言葉を重ねた。

「あっ、あの、寛三郎さんが咥えて、持って来てくださいました!」
「ああ……」

 このまま話が通じなかったらどうしようかと一抹の焦燥がなまえの胸を駆け抜けたものの、義勇が「あったな、そういえば」と漏らし、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

「あれは、私がいただいてもよろしいものでしょうか?」
「……? ああ」

 年月を跨いだ突然の問いに義勇が訝しんだ顔をする。海の底を思わせる深い藍色の瞳にまじまじと見つめられ、なまえは心拍数が上がるのを感じた。
 普段自分へは向けられない視線に緊張しつつ、しかし長く持ち続けてきたちりめんのはぎれがやはり自分宛てのものであったことは、彼女を相当に励ました。真相を確かめられたこと、それが思った通りであったことのどらちをも嬉しく思い、この時のなまえは義勇との間に流れる空気感にさほど萎縮せずにいられた。

「ありがとうございます! では、私のやりたいように扱ってよろしいのですか?」
「そう言ったはずだ」
「はい! 覚えてございます。どうもありがとうございますっ!」

 何故今さらになってそのようなことを聞いてくるのか、義勇には最後まで解せなかった。しかしなまえの表情がぱっと花咲くように明るくなったことだけは、印象に残ったのだった。

ちりめんの励まし

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