蝶屋敷にてこんにちは
ちゃぶ台を挟み向かい合って座ると、二人とも妙にかしこまった気持ちになった。炭治郎が照れたように頭を掻く。そんな炭治郎を温かく見つめて、なまえの方が口を開いた。
「有言実行だったね」
「……?」
「最終選別。あれ以来、顔を合わせることがなくなって、ずっと炭治郎のことが気にかかっていたの。食事はできているのか、怪我はしていないか、禰豆子の様子は……」
狭霧山で共に過ごした時と同じように何かと気を揉むなまえの様子を見て、炭治郎は眉尻を下げ小さく笑む。
「以前炭治郎が蝶屋敷へ滞在していたこと、アオイさんから聞いたの。隊士となって、危険なことが……多いのでしょう……?」
「……はい」
「煉獄様の訃報を……、お聞きしました」
「……!」
目を合わせた炭治郎となまえは、互いに弱々しく視線を下げた。二人の間に短くて重い沈黙が流れる。脳裏には、強く尊い炎柱の姿が浮かんだ。
「炭治郎も一緒だったと聞いたわ」
「煉獄さんは……煉獄さんは、強かったです。とても」
炭治郎が苦しみを吐き出すように言葉を紡ぐのを、なまえは黙って聞いた。刀を握る者にしか分からない、命が賭される時の恐怖と覚悟があるはずだ。彼女には、静かに頷くことしかできなかった。
「俺は、俺はどうしたらいいんだろう、って。……そればかり考えてます」
「……」
「煉獄さんの、日輪刀の鍔をいただいたんです」
「……そう」
なまえは静かに相槌を打ち、俯く炭治郎を見つめた。
炭治郎は唇をきゅっと締め、その瞬間に強い覚悟を覗かせた。重ねられた経験が人を形作る。あの日狭霧山の中、息を切らして走っていた不安そうな少年の面影は、もうすっかり消えていた。
「俺はまだまだだけど、でも煉獄さんに信じてもらったから。それに報いることができるようになりたい。……そう、思ってます」
炎柱がどのような姿を示し、どれだけの想いを炭治郎、善逸、伊之助の胸の内に遺したのか。
なまえは自分よりも年下の彼らが抱えたであろう痛みに、深く心を寄せたのだった。
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「では、また! 今度手紙を送ります!」
「ありがとう。どうか、無理をしないでね。禰豆子もね」
わざわざ箱を背負って見送りに来てくれた炭治郎に感謝し、なまえは箱に語りかけた。
目を覚ました禰豆子の様子を一目見たかったが、日中の為叶わず別れを告げることとなった。きっといつか、必ずや人に戻った姿で再会しようと祈り、なまえが箱へ手を添える。箱の中からはカリカリ……と小さな返事が返ってきた。
「なまえさん、絶対に俺のこと忘れないでくださいね!!」
「勿論よ、善逸さん」
「おいなまえ! 半々羽織の秘密を握ったら俺に報告しろよ!」
「う、うーん……分かったわ、伊之助さん」
すっかりと打ち解けた炭治郎の仲間たちにも見送られ、なまえが門を抜ける。
「なまえさん」
最後にそっと、アオイが近寄りなまえの手を握った。
「自分にできることを、精一杯やりましょう」
アオイの目はいつになく真剣だった。
なまえは彼女の目を見てすぐに悟った。アオイもまた、炎柱の訃報に痛みを抱えている一人なのだ。
彼女は蟲柱やカナヲを送り出す立場だ。そして、傷付いた多くの隊士の看病もしている。今日送り出す人が帰って来なかったらと、頭をよぎらぬ日はないだろう。
アオイの後ろに、明るく手を振る炭治郎たちが見える。あの賑やかさがあってこそ、救われもするし恐ろしくもなるのだ。失う時は、いつも一瞬なのだから。
だからこそ、何をしたら良いかはただ一つ。
"自分にできることを精一杯やる"
それしかないのだ。誰かになることはできないから、集中して、自分に出来る最大限のことを。
「ええ」
なまえはアオイの手を強く握り返した。
友の手は温かく、胸にくすぶっていた不安が薄れ、何かがすとんと腑に落ちる感覚がした。
そうして決意を新たに、なまえは家路へと着いたのだった。