蝶屋敷にてこんにちは
「へえ〜。じゃあ炭治郎はなまえさんと、修行中に知り合ってたのか」

 事の経緯を聞いた善逸が呟くように相槌を打つ。

「あの時は右も左も分からなくてとにかく不安だったから、なまえさんと話ができて、本当に勇気をもらったんだよ」
「まあ、とんでもないわ。慣れない環境に行き詰っていた私の方こそ、頑張る炭治郎に励まされたんだから」
「何だよ、俺だって女の人に励まされながら修行したかった!! 炭治郎! お前は禰豆子ちゃんもいるし、なまえさんもいたなんて、贅沢だぞ!!」
「ぜ、贅沢って……」

 ちゃぶ台を拭くアオイに邪魔そうな目で睨まれても気にする様子なく、善逸は拗ねたように頬を膨らませる。その様子は騒がしくもあるが、素直で愛らしくもあり、善逸の飾らない明るさになまえは微笑んだ。

「なまえさんは水柱のお屋敷からいらしている大切なお客様です。べたべたと勝手に触れないでください。蝶屋敷の子にもですが!」

 台を拭き終えたアオイがキビキビと善逸を牽制する。それを見て、なまえは以前、彼女が善逸のことを話す際やや険しい表情になっていたことを思い出した。女の子一人につき太ももが二つ、とか何とか。話しているアオイが言葉を詰まらせたので詳細は分かりかねたが、善逸はかつて女の子の身体の肉付きについて大声で興奮していたことがあるらしい。年頃の少年であれば自然なことではあるが、些か潔癖なところのあるアオイには耐えかねる発言であったに違いないだろうと、なまえは思ったものだった。

「水柱って……半々羽織のことか!?」

 アオイに注意され善逸は一旦しょんぼりと静かになったが、今度は伊之助の方が反応を示した。

「半々羽織って家で何するんだ……? アイツ、笑うことあんのか?」

 伊之助の方は水柱と面識があり、なまえが水柱邸の女中であることは大変に気を引いたようだ。なまえはこちらを見つめる猪頭にドキドキしながら答える。

「お忙しい方ですから……、休む間もほとんどなくお過ごしです。笑うことは……ええと」

 伊之助少年の質問は水柱が隊士達にどのような印象を抱かれているか知るようで興味深いものだったが、視点はなかなかに鋭く、なまえは答えに詰まる。

 物珍しい独特の風貌に、やや粗雑な言葉遣い。彼を一目見た瞬間は一体どんな人物だろうかとなまえは焦りを覚えたが、猪頭の下から溢れるのは威勢の良さだけでなく、伊之助は本質を見抜く力にも長けていると感じられた。
 
 人懐っこく根の優しそうな善逸と、優れた感覚を持ち闘志溢れる伊之助が、炭治郎と共に過ごす仲間であることを、なまえは有り難く、頼もしく思う。

「なまえさん、そこは真剣に考えなくて大丈夫ですから」

 観察するなまえを、伊之助への返答を紡ぎきれないと見たアオイが助け舟を出す。それからちゃぶ台へお茶と菓子を並べ終えた彼女は、すっくと立ち上がり、善逸と伊之助に声をかけた。

「積もる話があるでしょうから、私たちは一度出ましょう」

 場を離れるよう促され善逸も伊之助も不服そうな表情を浮かべる。しかし別室におやつの支度があると聞くと、あっさり廊下の奥へ姿を消したのだった。

蝶屋敷にてこんにちは

PREVTOPNEXT
- ナノ -