蝶屋敷にてこんにちは
 にわかに廊下への足音が聞こえ出して、なまえは障子の方へと顔を向けた。

 場所は蝶屋敷のとある座敷部屋。本日なまえは「これを届けて欲しい」と頼まれた品を、蝶屋敷へ届けに来ていた。
 彼女の傍らにある風呂敷で綺麗に包まれたやや大きな箱の中身は、アオイが薬問屋で注文していた品だ。
 薬問屋の息子が「準備でき次第、屋敷まで届ける」と威勢よく請け負った品なのだが、肝心の息子本人が腰を痛めてしまい歩けなくなったという。店を空けられない薬問屋の主人が誰かに頼めないか困り果てていたところ、アオイとよく一緒にいるなまえが通りがかり、頼みを引き受けたという訳だ。

 蝶屋敷へ着くと、なまえはきよから現在いる座敷へと通された。洋間ほど外向きの客間ではなく雑用にも使われているこの座敷は、少女達が勝手よく使用している部屋で、なまえが顔を出した時には大抵ここへ案内される。なほ・すみ・カナヲ、そして肝心のアオイは負傷した隊士の機能回復訓練に当たっているので、ここで待っていて欲しいとのことだった。 

 さて、足音がばたばたと重なり出したのを受け、なまえはひょこっと廊下へ顔を出してみた。突き当たった奥の通路を見れば、ちょうど隊服姿のアオイが横切ったところだ。身支度を整えなおして、きっと間も無く座敷へ来るだろう。なまえは障子を完全には閉めず、再度座って待った。

 ほどなくしてなまえの耳に、こちらへと近付いてくる足音が聞こえてきた。障子の向こうにぼんやりとした人影を確認し、なまえは友人を出迎えようと顔を上げる。

 しかし、障子の隙間を見たなまえの目に飛び込んできたのは、全く知らない人物、稲光のように鮮やかな黄色い髪をした少年だった。

 普段この座敷や通路はアオイ達しか使っているところを見なかったので、なまえは何の気なく障子を半開きにしてしまったのだが、他の来客者も通るとなれば話は別だ。

「あ……すみま……」
「ん? ンンッ!?」

 なまえは頭を下げかけたが、下げ切る前にいつの間にか少年に手を握られ、その手に強く引かれ、気が付けば立ち上がっていた。

「こんにちはッ!!! 俺、我妻善逸って言いますっ!!」
「は、はい……」
「あのっ! あのっ! お名前はっ!? 君も蝶屋敷の子? もう一人、こんな可愛いお姉さんがいたなんて知らなかったなァァ〜〜〜!」

 善逸と名乗った少年は、困惑するなまえをよそに質問をまくしたてる。

「いえ、私は蝶屋敷の者ではな……」
「オイ紋逸!! テメエのせいで俺がアイツらに怒られんだろ!! ……って、何やってんだ」

 善逸が現れただけでも相当に驚いたなまえは、今度廊下に現れた猪頭の人物を見て更に衝撃を受け息をのんだ。背丈や口調から善逸と同じ年頃のようだが、果たして彼は人間なのか一体どうしてそんな風貌なのか理解が追いつかない。とにかく、障子を完全に閉めなかった無礼が招いた事態に彼女は焦りを募らせていく。

「オマエ、誰だ?」
「野蛮な聞き方するなよ伊之助! 怖がってるだろ!」
「ハァン!? 何だと!!」

 善逸と、伊之助と呼ばれた少年がいがみ合いだし、なまえは完全に混乱した。
 誰か事情の分かる人が来てくれないか、彼女が廊下を振り向いたその時、三人目の人物が現れた。

「二人とも! ここの通路は通っちゃ駄目って言われただろう! 早く部屋に戻ら、ない、と……」

 そう言って善逸と伊之助を呼びに来た少年は、座敷の中を見て目を丸くした。

「なまえさん……?」
「炭治郎!!!」

 二人の様子に「え?」と善逸が手を緩める。その拍子に場をすり抜けたなまえは、迷わず炭治郎へと駆け寄りその手を握った。

「アアアアアア!! ズルい! 炭治郎ばっかりズルい!!」
「何だ? アイツの知り合いか?」

 今度は善逸と伊之助の方が状況を飲み込めなくなる。二人は訝しんで目の前の光景を眺めた。

「炭治郎、本物よね!?」
「はい! 正真正銘、竈門炭治郎です! お久しぶりです、なまえさん!!」

 こうしてなまえと炭治郎は狭霧山で別れて以来の再会を果たしたのだった。

蝶屋敷にてこんにちは

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