美味なるもの
 柱と言っても何も常に高級なものを口にしているという訳ではないらしい。

 二人を追いかけるようにして入った食堂の中は大衆でごった返していた。湯気と食器の音、人々の賑わいは、三人に時折流れる妙な間を打ち消してくれるようで、なまえはそれをありがたく思った。

 注文の品を待つ間彼女が見た様子では、話しているのはもっぱら炎柱の杏寿郎ばかりで、義勇は「ああ」とか「そう思う」とか相槌を打つ専門のようだ。それでも、義勇が杏寿郎といるこの時を多少なり有意義に受け止めている様子はなんとなく見て取れた。柱同士というのはどのような関係性なのだろうか、他の隊士達もこのような感じなのかと思い馳せながら、なまえは大人しく話を聞いていた。


「む、これはさつまいもか!」

 各々定食にあり付けた矢先のこと。汁椀を手にした杏寿郎がひときわ大きな声を出し、なまえと義勇は彼の方へ目を向けた。杏寿郎の箸の先には、角の取れた柔らかそうなさつまいもが黄金色に輝いている。

「煉獄は、さつまいもが好きなのか」
「うむ! 大好物だ!」

 味噌汁を食べ進めながら、杏寿郎がわっしょいわっしょいと歓喜の掛け声を出す。なまえはあっけに取られながらも、横を通り過ぎた店主が目尻を下げて喜んでいる姿を見つけ、作り手としてこんなに嬉しいことはないだろうと胸が温かくなった。

「味噌汁にすると、さつまいもの甘みと味噌の塩味が相まってとても美味しいですよね」

 本格的に食べ始めてから義勇が全く言葉を発さなくなったので、なまえが杏寿郎に向かって相槌を打つ。快活で明瞭な炎柱の受け答えは空気を華やがせるようで、無口な水柱と過ごす時とは違った雰囲気が場に漂う。

「その通り! それで、我が家ではさつまいもの味噌汁がよく出る!」
「炎柱様がお喜びになってくださるので、作り甲斐があるのでしょう」
「うむ、そうかもしれない。店で食べても美味いが、家で食べるとより美味い!」
「本当にさつまいもがお好きでいらっしゃるのですね」
「さつまいもはいつ食べても美味いが、想いのこもった食事は心遣いも相まって非常に美味い! 格別だ」
「まあ……」

 杏寿郎の話を聞いていたなまえは、彼の溌剌とした健やかさと周囲への愛情を感じ思わず感嘆の声を漏らした。その時、不意に義勇が口を挟んだ。

「分かる」

 なまえが声の方を向くと、義勇は早々に食事を終えていた。

「家で食べる飯は美味い」

 軽く口元を拭った義勇は、空いた食器へ視線を向けたまま何とはなしにそう口にしたようだった。
 しかし、常日頃義勇の食事を用意しているなまえに、その言葉は大きく響く。褒められたような、認められたような嬉しさがほんのりと体の中を駆け抜け、どのような表情でその場に留まったら良いものか柔らかな困惑が彼女を包む。熱を帯びた気がする頬を隠すように、なまえは湯呑みを手に取ってゆっくりと啜り、それをごまかした。

「うむ! さすがなまえ殿だ!」

 後押しするように杏寿郎が告げ、なまえは胸に宿る喜びを実感したのだった。

美味なるもの

PREVTOPNEXT
- ナノ -