美味なるもの
亀甲柄と葡萄色の片身替に、鮮やかな焔色の頭髪。二人の青年の出立ちは、特に変わり映えのない日常が過ぎていく町中にあってはひときわ奇抜であった。蝶屋敷のアオイを訪ねた帰り道のこと。なまえは主人である水柱と、恐らくは炎柱と思われる人物が、連れ立ってこちらへ歩いてくるのを見つけた。
炎柱と思われる人物は、内容までは分からないものの大きな声で何かを話し続けている。大人しく横に並んでいる水柱の方は、それを聞いているのかいないのか、なまえに気が付く気配は全くといってない。
会話に割って入るのは気が引けるが、そうは言っても挨拶しないでいいとも言えない。
迷ったなまえは、すれ違う頃合いを見計らってそっと道の端に寄り、会話の邪魔にならぬよう静かに会釈をしたのだった。
すると、焔色の頭髪をした人物がそれに素早く気が付き、ぴたりと足を止めた。
「失礼! どこかでお会いしただろうか?」
声になまえが顔を上げると、目の前に佇んでいる焔色の頭髪を持つ人物としっかり視線が噛み合った。その瞳は頭髪同様に炎を灯したような鮮やかな色をしており、不思議な勢いになまえは息をのむ。彼女が慌てて水柱の方へ視線を向けたところで、義勇はやっとなまえの存在に気が付いたようだった。
「わっ、私は冨岡様のお屋敷で女中をしております、みょうじなまえと申します!」
「なるほど、冨岡の」
通りすがりのなまえが突然頭を下げた理由が分かり、目の前の人物に腑に落ちた様子が広がっていく。
「俺は鬼殺隊炎柱・煉󠄁獄杏寿郎だ! ちょうど今から冨岡と食堂へ行くところだった。なまえ殿も、是非共にどうだろう」
杏寿郎が屈託のない真っ直ぐな調子で述べる。名乗ってすぐに、そして柱であっても女中を区別することなく声を掛ける姿勢に、なまえは圧倒された。
「い、いえ! 私のような者が柱様のお邪魔になってはいけないので。どうぞ、お二人で……」
柱の邪魔になってはいけないというのは彼女の本心の大部分を占めた。加えて、無口な主人を含めた柱二人と自分が食事をしている間の、どう振る舞えば良いか見当もつかない気まずさを考えたら、到底「是非一緒に」とは言えなかった。
しかし腹の虫は無情だ。午前のうちにアオイの元を去ったなまえは、きゅる……と出かかった音を抑えようと腹部に精一杯力を込めた。
「なまえ殿、我々柱も多くの支えあっての存在だ。遠慮なら無用! 気にせず来るといい」
「で、ですが……」
「他にやることがあるのか」
黙っていた義勇が、突然ぼそりと尋ねる。
「い、いえ……」
何か用事を申し付けられるかもしれないので、なまえは正直に答えた。すると間髪入れず、杏寿郎が大きく頷くではないか。
「では決まりだな!」
「えっ!? あ、あの……!」
慌てたなまえがきょろきょろと周囲を見回すと、義勇は余程腹が減っているのか、それとも細かいことは気にしないのか、既にてちてち食堂へと足を進めているところだった。