微力でも。4
 流行りだという茶店の中は、レコードの曲が響き、モダンでしとやかな雰囲気だった。
 艶やかに磨かれた木目の美しいテーブルに、暖色の室内灯が反射している。外勤をしている様子の紳士から女学生なども利用している喫茶店の中は、それぞれの人間模様がないまぜになった空間で、居心地は上々だ。
 うら若い女性であるアオイもなまえも、この空間にぴったりの存在ではある。しかし来慣れない場所に勢いで飛び込んでしまった為、二人とも向かい合って座りながらすっかり萎縮しきっていた。

「あっ」
「あのっ!」

「どうぞ……」
「どうぞっ!」

「えっと……」
「その、」

「どうぞ!」
「いえそちらこそどうぞ!」

 肩を縮ませたアオイとなまえは、何か切り出そうとしては重なって、重なっては譲り合うのを二度ほど繰り返した。

 三度目に譲り合いになった時、誘ってくれたアオイの勇気に報いようと、なまえの方がとうとう口を開いた。

「先日は、軽率なことを申し上げまして、大変失礼いたしました!」
「いえ!」

 まず一息になまえが謝罪を述べ頭を下げる。間髪入れずにアオイがそれを制する。しかし、一度切り出したなまえは勇気を持って続きを打ち明けた。

「私……実は隊士を志望していた時期があったのですが、適性がなく女中となりました。時にお役に立てない自分を歯がゆく感じることがあるので、先日はアオイさんを見て立派だと感銘を受けた次第です。けれども、実際の隊士の方々にはより多くの苦悩があることに考えが至っておりませんでした。苦労を知らぬ身でご気分を害すことを言ってしまい、大変申し訳ございません!」

 なまえの言葉を、時折首を振り、泣きそうな顔で聞いていたアオイは、重ねてなまえの謝罪を制した。

「いいえ違うのです!」

 アオイが、緊張したぎこちない言葉を必死に紡いでいく。

「私は、運よく選別を生き残っただけで、戦闘の場には行けぬ腰抜けなのです。他の隊士の方のような、立派な役目は何一つ担っておりません」

 震える声で絞り出すアオイを、なまえはじっと見つめた。

「なまえさんはお感じになったことをただ話されただけなのに、私は過剰に気を取られ、咄嗟の態度に表してしまいました。大変未熟でお恥ずかしい限りです!」

 今度はなまえが首を振りながら相槌を打つ。自分の言った無配慮な言葉がどんなにアオイを苦しめるものだったかと、なまえはこの数日間ずっと申し訳なく思っていた。

「加えて、屋敷の管理を雑用と呼び、取るに足らない仕事のような言い方をしたこと、重ねて申し訳ございません!」

 頭を下げているためアオイの表情の全ては見えなかったが、歪んだ眉が見え苦しそうな様子であることはなまえによく伝わった。

「い、いえ、そんな……!」
「誓って、なまえさんのお仕事を軽んじた訳ではございません! どうかお許しくださいませ!」
「い、いえ! アオイさん頭を上げてください! 私が無神経だったんです!」

 テーブルに額をつけそうな勢いのアオイに、なまえの方も必死に身を乗り出し、手を振って否定したりアオイを覗き込んで顔を上げるように懇願する。

「お嬢さんたち、女給を困らせるんじゃないよ」

 二人が譲り合わない謝罪を繰り返していると、突然、通りがかった男性にそう声をかけられた。アオイとなまえがはっと顔を上げ、横を向くと、前掛けをした女給がトレイに載せたフルーツあんみつを持ち立ち往生していた。

「申し訳ありません!」
「こちらに、お願いいたします!」

 様子を眺めていた女給は、今度自分に向かってぺこぺこと頭を下げ出す二人を見て、苦笑いしながらガラスの器を二つ、テーブルにうつした。

 女給が去ると、アオイとなまえは店で出会った時のようにぱちりと視線を合わせた。テーブルの上にはフルーツあんみつの器が置いてあるので、先ほどのように頭を下げることもできない。彩りの良い果物が綺麗に並べられた器の前で、これ以上謝罪を続けるのも野暮である。

「い、いただきましょうか……?」
「そうですね……!」

 二人は添えられた匙を手に取り、目の前の器にそれを差し込む。
 そしてどちらからともなく最初のひとすくいを口に運ぶ。フルーツあんみつの爽やかで、豊かな甘みが口いっぱいに広がっていく。

「……あまい」
「……おいしい」

 もういい加減飽き飽きするくらいに、二人はまたしても同時に呟いた。

 重なった声に思わず視線を交えたアオイとなまえは、甘い幸せの後押しを受け、何だか急にそんな自分たちが面白おかしく思えてきて、思わずぷっと噴き出したのだった。





 思いの丈を打ち明けると、心の距離はぐっと近づく。

 譲り合いの謝罪劇を繰り広げた後はもう、互いの人となりを知った安心感も手伝って、二人は時間を忘れ身の上話を語り合った。

 アオイは自身が気に病んでいることを初めてはっきりと口にしたし、なまえもまた自分の至らなさを打ち明け、二人は互いが胸に秘めていたもやもやとした気持ちを共有し合った。
 鬼のいる世の所為で混乱の中にいる少女二人にとって、そのことは財産のようにすら思えた。
 話したところで今自分が置かれている状況は変化しないし、悩みの根源が解決される訳でもない。けれども、温かく耳を傾けてくれる話し相手がいるというのはなんだかとても良いことのように感じられた。


 店を出たところで、アオイはなまえに向き直り、しっかりとなまえの目を見た。

「今日はどうもありがとう。なまえさんとお話できて良かった」

 なまえもいつもの調子を取り戻し、アオイへ元気に応じる。

「こちらこそ! とても有意義な時間を過ごせました。あの、また蝶屋敷へ伺っても良いかしら……」
「勿論! 喜んで!」

 本心であることが伝わる笑顔で、アオイがなまえの手を取る。二人は握った手を上下に揺らして再会の約束をし、別れた。

 アオイもなまえも、数歩進んでは振り向いて手を振るので、見えなくなるまでなかなか離れることができなかった。

微力でも。4

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