微力でも。
 今日は隠が屋敷の手伝いに来る日である。なまえは機を活かして、街へ買い物に出ていた。
 たまに歩く街は、人々の往来や活気に満ち溢れており、普段屋敷で静かに過ごしていることの多いなまえはこの時が好きだった。

 寛三郎に用意する薬湯用に、新しい薬草を買っておこうと立ち寄った店で、なまえの耳に久しぶりの柔和な声が響いた。

「あら、なまえさん?」
「……あっ胡蝶様!」

 気を抜いていたなまえは慌てて姿勢を正し会釈をする。蟲柱・胡蝶しのぶは「ご無沙汰しております」と加え、にこにこと柔らかく微笑んだ。蝶屋敷で使用する薬品の調達か、後ろに女の子を二人、連れている。

「以前いただいたお薬、とってもよく効いて手もすっかり良くなりました。その節はどうもありがとうございました」
「それは良かったです。冨岡さんからも聞きました。突然『胡蝶、礼を言う』と来たので、一体何を言ってるのか最初はさっぱり分かりませんでしたけど」

 輝く笑顔を携えながら相変わらずの調子で義勇について話すしのぶに、なまえは苦笑いする。しのぶと顔を合わせた義勇が、そのように言うだろう姿はなまえにも容易に想像できた。冷たいのではなく、彼なりの表現なのだ。

「……相変わらずですか?」

 義勇の様子について、しのぶが含みを持って問いかける。

「ええ、相変わらずです」

 その機微に応えるようにしてなまえが返答する。以前会った時とは違う彼女の様子に、しのぶは水柱邸の順調な様を見て取った。





 水柱の様子についてやりとりを終えたなまえは、しのぶの後ろに立っている二人の少女に目を向けた。挨拶しようとするなまえに、しのぶの方が口を開く。

「この子達は蝶屋敷におります、アオイとカナヲです。こちらは水柱邸の管理をされているなまえさんです」
「あっいえ、管理など大それたものでは……」
「さ、ご挨拶なさい」

 遠慮したなまえが謙遜するのを受け流し、しのぶが後方の二人を促す。髪を二つに括ったしゃきっと姿勢の良い女の子が小さく乗り出した。

「私は、神崎アオイと申します! ……えっと……、あ、あの……、この子は栗花落カナヲです!」

 しっかり者といった印象のアオイが、緊張して固まった様子のカナヲの分まで名乗り、勢いよく頭を下げる。なまえが会釈し顔を上げると、カナヲがしのぶの目と仕草を確認しているところで、その後彼女がゆっくりと頭を下げ始めたので、なまえは再度会釈しなおした。


「今日はお買い物に?」
「はい。屋敷に隠の方が来てくださっているので、必要なものをこの機に買っておこうと」
「そうですか。もしお時間があるようでしたら、蝶屋敷で休んでいきませんか?」
「まあ……! 伺いたいのはやまやまですけれど、突然でご迷惑になりませんか?」
「とんでもない。近くですから、是非足を休めていってください」
「それならば、お言葉に甘えて……」

 蝶屋敷には近い年代の娘たちが沢山いる。アオイやカナヲにも良い刺激になるだろうと考えたしのぶの誘いに、なまえはありがたく応じることにしたのだった。

微力でも。

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