狭霧山へのおつかい2
「こう、甘さが身体の隅々まで行き渡るって感じで……うう」目を細めしみじみと饅頭を頬張る炭治郎を見て、なまえは嬉しいような彼の苦労を思い知るような、複雑な気持ちで眉を下げた。
最近では水の呼吸と型を教わっているという。炭治郎は、鱗滝の目を盗み、バンバン叩かれるという腹を苦笑いで撫でてみせた。
炭治郎の優しい表情に変わりはないものの、彼の身体は半年の間に随分と変わっていた。傷ついては癒え傷ついては癒えを繰り返して厚くなった皮膚、刀を持つようになったからか特に腕の筋肉が逞しくなったようだ。
これだけの時間と変化を持ってしてもまだ呼吸を扱い切れないと嘆く炭治郎を見て、なまえは、鬼殺隊、水柱、そして目の前の炭治郎に強い尊敬の念を抱いた。
湯呑みを用意した鱗滝が囲炉裏の傍へ腰を下ろし、盆を受け継いだなまえが急須からそれぞれの湯呑みへ茶を注ぐ。迷いのない動作と、前回来た時よりずっと明るいなまえの顔つきに、鱗滝は安堵を覚えていた。
「元気そうだな」
「はい! 段々と慣れて参りました。鬼を滅するのに、微力ではありますが何かしらのお役に立てればと思うことが、支えになっております」
「そうか」
天狗の面の内側から温かな声が漏れ、なまえはしっかりと頷いた。
「禰豆子は甘いものに目がないから、食べさせてやりたいなぁ」
炭治郎が明るい瞳の奥を悲しく揺らし、呟く。なまえは以前と同じ場所に寝かせられている禰豆子を見つめた。炭治郎の気持ちを推し量ることは安易にはできず、なまえはよい言葉を見つけることができなかった。
■
「全く、一瞬も目覚めないのですか?」
「ああ」
午後の修業にと炭治郎が小屋を後にした後のこと。鱗滝となまえは禰豆子の横で彼女の様子を見ていた。禰豆子の額に手を当て、体温の変化がないか確認した鱗滝が重々しく頷く。半年間。その間全く目覚めないなど、にわかには信じ難い。しかし目の前の禰豆子は、確かに変化のない様子で横たわっていた。
「儂も、このようなことは今までに一度も見たことがない」
鱗滝は半年前と同じ言葉を使って、状況を表現する。文献をいくつか辿っても、お館様の知識を借りてもそうだという。
「そこまでの異例事態ですと、何か特別な力が働いているように思えてしまいます」
「それは今の時点では分からない。禰豆子が目覚めるか、目覚めた時にどうなっているか……」
なまえはそっと禰豆子の手の甲を撫でた。ひんやりとした質感ではあるものの、ぬくもりを持っている。尖った爪先だけが、異様なものとしてそこに存在していた。
もし禰豆子が人間に戻って目覚めたなら、鬼にされた人を元に戻す方法が分かるようになるかもしれない。鬼の総数が減れば、それだけ被害者も減るのだ。それに何より、苦しい修行に耐えている炭治郎が救われる。禰豆子の肌に温度をうつしていくように、なまえはゆっくりと手を滑らせた。
「左近次さーーん、いるかーい!」
時を同じくして、外から鱗滝を呼びかける声が聞こえてきた。この場を離れることを気にかけ鱗滝が振り向く。なまえは慎重に頷き、場を預かる意思を示した。再度鱗滝の名前が呼ばれ、足音が近付いてくる様子に、彼は急いで立ち上がり、小屋の外へと向かった。