見る目のある人
正直に言って、私にはあまり特徴がない。特技もこれと言ってない。不出来という程ではないけれど、何かに秀でていないというか。だから何故このお店が私を採用してくれたのか、実はよく分からない。とてもラッキーなことだ。そしてこんな私をいかにも特別な風に扱ってくれるこのお店の奥さんが大好き。
このお店の看板奥さんの蜜璃さんは、今日もご機嫌だ。蜜璃さんがご機嫌なだけで、こちらまで元気になる。
「蜜璃さん今日機嫌良くないですか?」
「なまえちゃん!え〜〜〜分かる?」
「分かりますよ、めちゃめちゃ顔に出てます」
「えへへ、今日ね、小芭内さんが……夢に出てきたのっ!!」
拭いていたトレーを一旦カウンターへ置き、改めて両手で顔を隠す蜜璃さん。可愛い。ただ、手は洗いなおしてくださいよ。そう思いつつ、蜜璃さんと話す世間話は楽しくてついつい調子に乗ってしまう。
だってご結婚されていて、毎日顔を合わせているのに、夢に出てきてもときめけるってすごい。
「どんな夢だったんです?」
「きゃ〜〜〜それはっ、コホン。なまえちゃんにしか言わないからね。誰にも内緒ね?」
「はい!勿論!」
蜜璃さんが頬を赤らめて、指先を口元へ寄せるポーズをする。私が男だったら完全に惚れてる。
うっとり見惚れていると、蜜璃さんは語り出した。
「何だか、ところどころしか覚えてないんだけどね、戦隊ものの夢だったかなぁ。私と、小芭内さんと、他にも色んな戦士がいて、みんなでこう、悪者をぶっ倒すの!」
蜜璃さんはシュンッ!シャキーン!と、腕を伸ばし得意の擬音を交えて実演してくれる。今が昼下がりのお客さんがいない時間で良かった。
「それが夢にありがちだけど、追われてるみたいな感じがしてね、最初は迷路の中を小芭内さんと駆け回ってるの……」
「ふんふん」
蜜璃さんの迫真の語り口についつい引き込まれて、私も布巾を絞る手が止まる。
「夢の中でも小芭内さんたら白と黒のお洋服でね!それは現実と混ざっちゃってたみたい!」
「あははは。店長、白黒のお洋服よく着てますもんね」
「そうそう。しかも首に蛇を巻いてるの!」
「かぶちゃんじゃないですか!」
「毎日ここにいるから深層心理にかぶちゃんが入り込んじゃってるのよ〜!」
あははっと屈託なく笑う蜜璃さん。本当に店長とこのお店が好きなんだなぁと思う。私もこのお店に採用されて本当に良かったと思う。
「で、勝ったんですか?」
「うん。それが最後に私が大ピーンチ!ってなっちゃうの。コスチュームが破けて、胸の辺りがこう、こう」
「露出!?」
「そうよ、まずいわよね!」
「まずいですよ!店長そんなの許さないでしょ」
「うん。小芭内さんがね、すぐ助けてくれた!」
「さすが〜!」
夢の中の話なのに、真剣になってきた蜜璃さんは「でも私もここでは終われない!って、こう、気合いが入る感じなのよぉ〜!」と静かに闘志を燃やしている。こんな目は、何だか初めて見たものだから。相槌を忘れて、思わず聞き入ってしまう。
「それでね、定かではないんだけど敵はなんとか倒したと思う!ほっとした気分だったから」
「……うんうん」
「だけど私と小芭内さんは二人とも命が尽きるのよ」
「え……悲劇じゃないですか」
すっかり話に引き込まれた私は、前のめりで結末を危惧する。愛する二人が夢でも愛し合っていたのに最後に死んじゃうなんて。
「悲劇……あれ?言われてみると、確かに。ん?」
「??」
「でもね、私すごく幸せな気分だったのよね。伊黒さんにすごーーーく嬉しいことを言ってもらったの」
「伊黒さん?」
「ああ、結婚する前はそう呼んでたからつい。えへへ……」
そうなんだ。また仲睦まじいお二人の、初々しい新情報をゲット。
「で、"伊黒さん"になんて言われたんです?」
「それは……」
「それは……?」
「それは恥ずかしいから言えないわ!」
「ええっここに来て!!」
「だだだだって、私が小芭内さんにそう言って欲しいって心の奥で願ってるってことでしょ?だだだだめだめ恥ずかしくて言えないわっ」
「ええ〜〜ずるい!ここまで話したんだから教えてくださいよ〜〜」
女二人ではしゃぎ倒す私たち。店長に見つかったら絶対怒られる。
「わ、笑わないでね?」
観念した蜜璃さんが、真っ赤にした顔をトレーで半分隠す。私は真面目な顔を作って、はい!と答える。
「生まれ変わったら絶対に幸せにする、必ず君を守るって……」
本当は、どんな台詞を聞いても「きゃ〜〜〜」って言うつもりだった。そんな反応になっちゃうだろうと思った。
だけど、その言葉を聞いたら、まるで正夢みたいだなと思えて。
店長は本当に、蜜璃さんのことを大切にしているし、蜜璃さんも店長のことが大好きだし。相思相愛のお二人に、そういう因果や赤い糸みたいなものがあるのもおかしくないかも、そう思ったら胸がいっぱいになってしまって。
「なまえちゃん!な、泣いてるの!?」
「え……なんか、ロマンティックだなって。うう……」
「ちょ、夢の話よ!? ひゃ〜〜ほらほら!泣かないの……」
慌てふためいて綺麗な布巾を手にした蜜璃さんが、ぽんぽんと優しく涙を押さえてくれる。
「なまえちゃんたら……!でも、笑わないで真剣に聞いてくれてありがとね」
「私、信じます!もうそれ絶対運命ですよ」
「え〜〜そうかなそうかなぁ?」
再び顔を抑える蜜璃さんは、半信半疑を装いながらまんざらでもない表情をする。
それから私の手をぎゅっと握ってくれた。
「この夢、何度か見たことがあるんだけど、ちゃんと聞いてくれたのは、なまえちゃんと小芭内さんだけよ。やっぱりなまえちゃんにうちに来てもらって良かったわ〜。さすが、小芭内さんが見込んだだけある!」
「へ?」
「採用を決めたのは小芭内さんなのよ。私も勿論来て欲しいと思ったけれど、たっくさん面接をして、小芭内さんが首を縦に振ったのはなまえちゃんが初めて。やっぱり小芭内さんは見る目がある!納得の判断!」
今度は私の方が、嬉しい情報をゲットしてしまった。
不思議なご縁でこのお店で働くことになったけれど、今までの沢山の不採用に感謝したいくらい、私はここが好き。
素敵な店長と優しい蜜璃さんのことを想うとやっぱり赤い糸伝説はアリな気がしてくる。
「私、その夢全力で信じますよ!」
蜜璃さんの真似をして両の手をぎゅっと握りしめてそう言ったら、
「うふふ、じゃあ私も信じちゃおうかな〜!」
蜜璃さんはにっこり笑って、溌溂とそう答えてくれたから、とても嬉しかった。