狭霧山にて8
狭霧山を下って以降は、田畑の間の道をしばらく行く。小径を進みながら、なまえは、帰り際鱗滝に言われた言葉を思い返していた。「鬼の禰豆子を匿うというのは大変な判断だ」
重々しく発せられた一言に、なまえは静かに頷いた。
「禰豆子が鬼として脅威になること。それだけが危険ではない。万一禰豆子が人を襲うようなことがあれば、匿った者が責任を負うべきである」
鱗滝の言葉は最もであり、それでいてなまえには若干の不安が感じられた。責任とは、自分の思うようなことであろうかと。
その憂いを肯定するかのように鱗滝は続けた。
「義勇も、儂も、それを承知の上だ。覚えておいてくれ」
責任をどう取るかみなまでは語らなかったものの、鱗滝が何を意図しているか、なまえには十二分に伝わった。
別れ際まで告げられることのなかった重々しい言葉に、鱗滝の決断と覚悟の揺るがなさが反映されていた。なまえは真剣に「はい」と答えるのみであった。
命を、懸けているんだ。
「命懸け」という言葉を、鬼や鬼狩りの存在を知ってから、なまえは何度も思う機会があった。しかし今日ほど、それを身近に感じたことはなかった。
自分だって禰豆子を見たのだ。
知った以上、そして何より炭治郎を応援する以上、その責任は自分にだって等しくかかっているはずである。
それなのに、責任を負うのは自分達だけであると言うかのような鱗滝の言葉と気遣いに、なまえは泣きそうになった。
自分は、鬼狩りにはなれなかった。
けれども、縁あって水柱……鬼を狩ることのできる素晴らしい実力者の元にいる。
水柱様を全力でお支えしよう。
微力でも、間接的にでも、鬼を滅することへ繋がるのならば、自分にできることを精一杯。
一歩一歩決意を新たに進むなまえの足取りは、重々しくもあり、軽やかでもあった。
「お互いに、頑張りましょう!」
そう言って笑った炭治郎の真っすぐな瞳がなまえの脳裏をよぎる。
彼だってまだ、刀を満足に使うこともできない身で懸命に努力しているのだ。妹を人間に戻す為、鬼を倒す為。
そう思うと、なまえは勇気に満ち溢れ、身体の奥底から力が湧いてくるような気持ちになった。
吹雪いたあの日。義勇がどんなに寒かったことか、思い起こされる。
山奥に一人、どれだけ厳しい判断を迫られたか。
しかし身の危険を顧みず、我が主人は炭治郎と禰豆子を救った。
何と素早く、正確で、勇気ある判断のできる方なのだろうか。
なまえは蝶屋敷へ惹かれていた想いが、自分の中から薄れていくのを感じた。
流石は鱗滝さんの教え子だ。
義勇という素晴らしい柱の屋敷へ務めることができる光栄を胸に、なまえの足が自然と早くなる。
揺るがぬ尊敬を誓って、彼女は帰路を急いだ。