狭霧山にて5
 最初に見た時より更に汚れにまみれた印象の少年は、息を上げながら再びの帰還を報告した。
 鱗滝がそれを見て「飯にしよう」と立ち上がる。
 戸の近くに立った少年を気にかけたなまえが鱗滝を見上げると、天狗の面がこくりと頷く。それを許可の合図と心得て、なまえは手ぬぐいを取り少年へ駆け寄った。

「怪我はしてない!? どこか痛むところは……」
「えっ! あ、ああ、大丈夫です!」

 なまえが体の埃をはたき、手ぬぐいで顔の汚れを拭こうとすると、少年は照れたように顔を赤らめて遠慮してみせた。戸惑ったような表情を見せる彼に、なまえは心配のあまり名乗ってもいなかったことに気がついた。

「あっ私は、みょうじなまえと申します!」
「初めまして! 俺は竈門炭治郎と言います!」

 二人が名乗りあったところで鱗滝が付け加えた。

「なまえはお前が来る少し前までここにいた子だ。今は義勇の屋敷に勤めている」

 それを聞いて炭治郎の表情が一段柔らかくなる。

「冨岡さんの!……その節は、お世話になりました。よろしくお伝えください」
「……はい」

 なまえは、水柱に出会った時の炭治郎が鬼になった妹を抱えていた時であることを気遣い、そっと返事をした。



 昼には鱗滝が用意してくれた塩焼きの魚を、晩にはなまえが用意した山菜鍋を皆で囲んだ。
 豪勢な食事ではないものの、長らく一人での食事を重ねていたなまえは、やはり誰かと共にする食事は心身を落ち着かせ、温かくするものだとしみじみ実感していた。

 その後、囲炉裏の傍でぱちぱちと爆ぜる火を眺めながら、なまえは炭治郎と互いの経験をぽつりぽつりと語り合った。
 鱗滝は隅の方へ、禰豆子を見守るように、そして彼らの会話を遮らぬように収まる。

 鬼に家族を奪われたことを、炭治郎もなまえもはっきりと言葉にはしたがらなかった。しかしその機微こそ、互いの共通点となる。

 なまえは自分よりも五歳近く年若い子どもである炭治郎が、何人もの家族を失い、更にはどうして良いものか分からないまま鬼にされた妹を抱え、それでもなお、長男として気丈に振る舞おうとする姿に、胸が詰まるような想いになった。

狭霧山にて5

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