狭霧山にて3
ゆっくりとかじった干し芋をすっかり食べ終えたなまえは、ちょっとした違和感を持ちながら、鱗滝と、目の前の家の戸を交互に見ていた。到着した時、鱗滝はなまえの荷物を預かり家の中へ置きに入った。
そして腹の足しにと、干し芋を持って出てきたのだ。
決して歓迎されていないようには感じられないが、家の中に入ってはいけないのだろうかと彼女は不思議に思った。
しかし、心地よい空気に晒されながら久しぶりに落ち着く時を過ごしていたなまえは、深く気にせず、鱗滝が促すまではこのままでいようとぼんやり切り株に収まって薪割りの様子を見ていた。
ふとがさごそと獣の立てたような音が聞こえ、なまえは慌てて立ち上がった。周囲を警戒する彼女に鱗滝が「大丈夫だ」と声を掛ける。
その数秒後のこと。なまえの視界に、一人の子どもがこちらへ向かって全速力で駆けてくる様子が飛び込んできた。年の頃は十二、三歳程の男の子が一人、全身傷だらけで走っている。
「あの子っ! おっ追われているのでしょうか!?」
「違う」
落ち着いた様子の鱗滝の横でなまえが慌てふためいていると、少年は二人の前に辿り着き、膝に手をついて頭を下げた。息は激しく乱れ、大きく肩を揺らさねば呼吸ができないといった様子だ。
「はぁはぁ……も、もど……り、ました……」
「もう一回」
「ひっ! い、行ってきますっ……」
少年は悲壮な表情を浮かべながら、振り向きざまなまえに気が付き、ぺこりと頭を下げる。なまえもつられて会釈を返した。
傷だらけの少年が走り去った後、鱗滝が口を開いた。
「”育て”ている子だ」
たった今起こった忙しない一幕に息をのんだまま、なまえは頷いた。
少年が、凄まじい勢いで山を下ってきたのもそれで合点がいった。それにしても、まだ小さいのに傷だらけの痛々しい出で立ちであった。
「そうなんですね……」
「義勇が、少し前にここへ寄越した子だ」
「えっ?」
主人の名前を唐突に聞き、なまえは驚いた。
柱というのは剣士になれそうな素質の者を見つけ出す仕事もしているのだろうか、等と彼女の頭をかすめる。
「ひどく吹雪いた日があったろう。家族を殺されたあの子が、妹を連れて雪の中にいたのを義勇が見つけた」
「義勇様が……」
「妹は鬼と化していてな。鬼がどのような性質を持つかは、お前も知っての通りだ。これまで例外など見たことがない」
そう言われ、なまえは以前鱗滝から教わったことを思い返した。
鬼は身体能力が高く傷もたちどころに回復させられる。身体の形を変えたり、異能をもつものもいる。太陽光か日輪刀で頸を斬り落とさねば死なない。主食は――。
「しかし義勇は、鬼になった妹が兄を喰わず、それどころか守るような素振りをしたのを目にしたらしい」
「……そ、そんなことがあるのですか?」
言って、なまえは愚かな質問をしたと思った。例外など見たことがないと、つい先ほど言われたばかりである。
「義勇はあの子と……その妹にただならぬものを感じて、儂の元へ託したのだ」
なまえは沢山のことに驚き、言葉を失った。
義勇が過酷な環境下で厳しい判断を迫られたこと。家族を失った少年の身に起こっていること。そして、話の登場人物はもう一人……。
「先ほどの子、兄の炭治郎は選抜を受ける為修業を始めた。鬼である妹の禰豆子は……」
なまえはようやく、鱗滝が何故自分を家に入れようとしないのかを理解した。
「……家の中に、いるのですね」
なまえが窺うように告げると、鱗滝は彼女の方を向き、ゆっくりと大きく頷いた。