狭霧山にて2
さわさわと木々の立てる音が心地よい。狭霧山に着いたなまえは、鱗滝に勧められるまま切り株に腰掛け、受け取った干し芋を小さくかじり取っては柔らかな甘みに疲れを癒していた。
「義勇は変わりないだろうか」
再び薪を割りながら、鱗滝が問いかける。
それをぼんやりと眺めながら、なまえは水柱の顔を思い浮かべた。
「はい、お怪我もなく連日の任務に励まれていらっしゃいます」
何の気なく報告をしたなまえだったが、それを受けた鱗滝が顔を上げた。その動作に、彼女もきょとんとして恩人を見つめ返す。
「お前達……そう年も変わらぬだろう」
「……はい……?」
「いつもそんなかしこまった話し方をしているのか」
「え、ええ、柱様ですし」
なまえとしては当然のことと思い頷く。
勿論、鱗滝にも主人と女中の関係に距離があるのは至極当然であると理解できたが、それにしても思った以上に固いなまえの様子に、嗅覚など関係なく気がかりな点を見つけざるを得なかった。
「義勇は、恐いか?」
核心を突くような問いに、なまえの目が泳ぐ。
鱗滝はそれだけで十分に答えを得たが、面で自身の表情が分からぬのを良いことに、あえて彼女の返事を待った。
なまえは遠慮がちに小さく何度か頷き「少し……」と返した。
「そうか……」
二人の若者を想い、含んだ相槌を打った鱗滝に、なまえは慌てて言葉を添える。
「あっ! 立派なご主人という感じです! 私が勝手に緊張しているだけで、決して厳しいとか冷たいとか、そういう訳ではないです!」
彼女から発せられる、焦りと誤魔化しの匂いに鱗滝は面の下で寂しく笑った。
鱗滝の脳裏に、幼い義勇の、今は失われた朗らかに笑う姿が思い浮かぶ。
「義勇は、人一倍優しい子だからな」
鱗滝の口から、彼への想いが独り言のように零れ落ちた。
「はい、義勇様は人一倍優し……んっ?」
思わず本音が覗きそうになるなまえの様子に、鱗滝は今度は彼女に分かるように微笑んでみせる。そして、「いずれなまえにも分かる」と優しく告げた。
なまえは、鱗滝がしのぶと似たようなことを言うのを不思議に思いながら、これまでのことを思い返した。
水柱がどのような人物かは未だ彼女には掴みきれない。
しかし、しのぶに言われてからすぐに隠の手伝いを増やすよう手配し、今回だって「手と身体を休めるように」と空いた日を作ってくれた義勇を思い、なまえは静かに頷いたのだった。