悪夢3
がたん、と義勇のいる奥座敷から音がして、片付けものをしていたなまえは廊下を進む足を止めた。気兼ねなく休むことができるよう、義勇がいる間なまえは奥座敷へは近寄らぬようにしているのだが、何か物騒なことがあってはいけない。彼女は廊下に立ったまま耳を澄ませた。
すると、物音の後にはうめき声のようなものが聞こえてきた。まさか何かに襲われている?それより急性の体調不良であろうか。
勝手に水柱の座敷に入るのは躊躇されて、「義勇様?」となまえは一声かけた。
しかし誰かいるはずの中から、反応の帰ってくる様子がない。
何度か重ねて声をかけてみるものの状況は変わらず、有事の事態であったら……そう頭をかすめたなまえは意を決し、恐る恐る襖に手を掛けた。
彼女がそうっと中を覗き込むと、壁に背を預け、立てた片膝に手をついた義勇が見える。
なまえは敵襲ではないことに胸を撫でおろしつつ、ほどなくして義勇の様子がおかしいことに気が付いた。
はぁはぁと荒い呼吸、しきりに腕や足先がずれ動く様。
体調が悪いのかと思ったが、どうやらうなされているようだと勘付く。
「義勇様……?」
そろそろと近づいたなまえが横に膝をつき、そっと声をかけてみるものの、義勇は一向に起きる気配がない。
「いかがいたしましたか。義勇様……?」
何度声をかけても気が付かない。それどころか、義勇の荒い呼吸はますます速くなってきて、彼女の脳裏に鬼に襲われた時のことがちらりと蘇りそうになる。なまえはこの人まで私の目の前で死んでしまったらどうしようという言いようのない不安に駆られ、どうにか起こそうと義勇が膝に乗せていた腕に触れた。
その時だ。急に義勇の手が力いっぱいなまえの右手を握りしめた。
突然のことに驚き、なまえは手を引っ込めようとしたが、強い力で握り止められ抜くことができない。
「……っ!!」
それどころか手を握る義勇の力は増す一方で、現役で刀を握る剣士の力になまえは顔を歪めた。骨が折れてしまうのではないかと思うほどの圧迫感だ。
「ぎ……ゆう様、義勇様っ!ぃ……っ!」
手を引き抜こうとしながら、一層大きく声をかけた瞬間だった。
荒く上がった呼吸の最後に僅かな嗚咽を交え、義勇は握っていたなまえの手を急に跳ねのけた。
なまえは突然のことに驚き、声も出せずにその場で固まった。
圧迫された指先に血流が戻り、じんじんと温度を増していく。
まだ夢から完全に覚めていないのか、それとも勝手に座敷へ入ったことを咎めているのか、今まで見ていた不愛想とは違う、不快を浮かべた目で義勇に睨みつけられ、なまえは心臓を掴まれたような気持ちになった。
「……仮眠時は立ち入らないでいただきたい」
義勇にそう注意され、なまえは泣きそうになった。迷っての行動だったが、水柱にとってこれは不適切であったと思い知る。
「うなされてらしたので、つい起こしてしまいました。大変申し訳ございません」
なまえはすぐに手をついて頭を下げた。
「失礼いたしました」
そして申し訳なさに消え入りそうになりながら、急いで立ち上がり廊下へと戻ったのだった。