悪夢2
 炭焼きの少年に会ったのが悪かった。

 義勇は夢を見ていた。悪夢だ。
 血濡れになって息絶えていく姉と、かすかに後ろ姿を見たきり二度と会えなくなった友。
 叫び声は誰かの断末魔なのか、恐れをなした自分が発しているものなのか、頭の中がぐわんぐわんと揺れ、定かではない。
 足が鉛のように重く、身体が思ったように動かない。
 このままでは死んでしまう。いや、死んだ方がいいのだ。自分など生きている価値がないのだから……。

 何故負傷などした。何故油断した。足りていなかった。何もかも。
 恐れたからだ。刀を握る手に覚悟が足りなかったから全てを失った。こうなったのは自分の非力の所為だ。

 もう二度と、もう二度と……。

 戻ることができたなら。

 義勇は足を取られながら、必死に刀の柄を握る。強く、その覚悟と同じように。

 しかし迫りくる鬼が言うのだ。「お前のせいで錆兎は死んだ」と――。
 刀を振るう手に鬼の舌が迫る。分かっているのに逃れられない。あの時と、あの時と同じ……


「っっ……!!!」


 必死になって振り払うと、目の前に手を引っ込めたような姿勢をしたなまえがいた。

「義勇……様?」

 眉を下げた彼女は、窺うようにしてそう呟く。

 はぁはぁと肩の揺れる乱れた呼吸を整えながら、義勇は思わずなまえを睨みつけていた。無意識だった。気まずさと、何故ここにいるのかという疑問が彼の視線を鋭くさせた。

 義勇は壁にもたれ仮眠を取っていた。

 炭焼きの少年に会ったのが悪かった。

 何度となく見たことのある悪夢に襲われた。
 義勇は未だ収まらぬ激しい鼓動が、目の前で息をのんでいるなまえにも聞こえているのではないかと堪らなくばつの悪い気持ちになった。

「……仮眠時は立ち入らないでいただきたい」

 半分八つ当たりと気がつかずに義勇は口走った。なまえはおもむろに戸惑った視線を揺らす。それがまた、義勇を見られたくないものを見られたような気にさせた。

「うなされてらしたので、つい起こしてしまいました。大変申し訳ございません」

 注意を受けたなまえは手をついて深く頭を下げ、すぐに「失礼いたしました」と急ぎ廊下へ姿を消した。

 鼓動が落ち着いてきた義勇は、彼女が頭を下げたあたりの木目を見ながらはぁ、とため息をついた。

 うなされていたのを見られていたことも苦々しいが、起こそうと気遣った彼女を半ば叱りつけるような形になったのは良くなかった。

 柱になって以来、義勇は隊士達の前では指示を出す立場にある。誰一人として自分の前に犠牲者は出さない覚悟だ。常にそうしてきたが、今まで以上に気を引き締めて任務にあたっている。

 しかし、ここは戦いの場ではない。そもそも女中が主人を気にかけるのは当然のことである。彼女のしたことは何も間違ってはいない。

 木目を見続けていた義勇は、記憶の中、先ほどの光景に覚えた違和感を思い出していた。
 床についたなまえの右手だけが、赤くなっていたような気がする。

 嫌な予感がして、義勇はその先へ考え進めるのを一瞬躊躇した。


 ……もしや、夢から醒める時に彼女の右手を振り払ったのではないだろうか。


 思えば起き抜けに見たなまえの姿勢は不自然な格好で、熱いものに触れたかのような、弾かれたように片手をあげた姿勢だった。よく思い起こせば上げていたのは……。

(――右手だった)

 義勇は額に手をやり再度深くため息をつく。手の平にはじんわりと、額の汗を感じた。

 やはり自分は柱としての能力に大きく欠ける。


「起こしてくれて助かった。心配をかけたな」


――錆兎だったらそう言っただろうと思い、義勇は苦しく思った。

悪夢2

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