寛三郎のお節介 3
任務を無事に終えた義勇は大変に空腹であった。鬼を倒し屋敷へ戻ろうとした頃、今夜の為に必要な調査連絡が入ったのだ。
昨夜の戦地の処理を隠に任せ、義勇は指示のあった町へ向かった。
当該の町はそう遠くはなかったが、鬼が原因と思われる不可解な現象について幾人かに内容を確認し、今夜どこに鬼が出没しそうか大体の見当がつく頃には昼近くになっていた。
屋敷に戻る道すがら、腹の虫がぐう、と音を立てたのを手で押さえた義勇は蕎麦屋ののれんに目を奪われた。
「寛三郎、俺は飯を食べてから帰る。お前は先に……」
「チリメンジャ……チリメンジャ……」
肩におさまっていた寛三郎が、突然そう放ち義勇は言葉尻を奪われた。
通りすがった小間物屋の店頭を嘴で指し、何やら言っている。
「ちりめん……」
「なまえガ集メテイル」
義勇が寛三郎の指し示した先を見ると、小さな動物や花の形を模したちりめん細工や巾着、色とりどりのはぎれが並べられていた。
地面に降り立った寛三郎はとことこと店頭に寄り、「なまえガ集メテイル」と繰り返す。
最近の寛三郎はなまえをとても気に入っているようで、以前より少しばかり口数が増えた。任務の聞き違えもあまり見られず、義勇には鎹鴉の変化が喜ばしいことのように思えた。
「なまえガ集メテイル」
「そうか」
「なまえハチリメンガ好キジャ」
「分かった」
「……」
寛三郎は義勇に言いたいことがあったが、何と言うのが相応しいのかいまいち言葉が浮かびきらないでいて、しばし黙った。
「俺は腹ごしらえしてから戻る。寛三郎は先に帰るか」
寛三郎の気持ちに気が付かず、義勇が提案した時だ。急に寛三郎が大きな声を出した。
「なまえ! なまえニ、ヤルベシ……!」
「!?」
珍しい寛三郎の姿に義勇は目を見張る。店頭にいた数名の客が「鴉が喋った!!」と恐れおののいてその場を離れた。店頭の様子に気がついた店主が、奥から顔を覗かせる。
「寛三郎、静かに」
「なまえガ集メテイル……土産ニスルベシ」
「落ち着け」
「なまえガ……」
客足を遠のかせる迷惑者かのようにじろっと睨まれ、はたきを持ったまま近寄ってくる店主の姿に、義勇はどうにか素早く寛三郎を黙らせる手はないか考えた。
「ちょっと、お客さん」
「これと、あとこれをもらいたい」
義勇は急ぎ巾着袋とはぎれを指さした。追い出されぬよう二品選んだ。
「あら、毎度あり!」
金を出した義勇を見て迷惑者ではないと分かると、店主は途端に愛想を良くして、すぐに釣銭を取りに行った。
義勇はその隙に、買った巾着とはぎれを寛三郎に咥えさせる。
「これをなまえに。俺の帰りは遅くなると伝えてくれ」
「承知シタ」
満足した寛三郎は、任せろと言わんばかりの調子でそう言うとすぐに飛び立っていった。
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「これを私に……?」
義勇が蕎麦にありつけた頃、屋敷では新たな混乱が生まれていた。
「コレヲなまえニ。義勇ハ遅クナルトノコトジャ」
「……??」