愛しさの定規(1/1)




「んー……あ゙ー……」
太陽はまだ見えない。目覚ましも鳴らねぇし、こりゃ早起きして得したな。そんな風に早合点して見回した部屋の時計の針は、とっくに午後を指していた。太陽が見えないのはカーテンの都合らしい。いつだか天化が口を酸っぱくしてたアレ、"お天道サマの光入れなきゃ時間狂って死んじまうっしょ!"を体感した。それでおとなしく遮光カーテンの買い換えを考えるあたり、俺も飼い慣らされたなー、なんてな。

気だるい素っ裸の腕を伸ばして欠伸すりゃ、ふかふかの羽布団から足の先がはみ出した。身体に残る疲労は、泥みたいに抱き合ったあとの心地よさと泥よろしく寝過ごした血だまりと、時差と酒と、寝れど解消されない寝不足の怠さ。もう一度ごろっと寝返りうって、静かに上下する隣の肩を探り当てた。

──珍しい。まだ寝てんのかコイツ。
いや、珍しいもなにも昨日無理させたのは俺なんだけどよ。大の字になってる隣の頭左半分に、俺の腕枕形の寝癖発見。これは毎回付く寝癖な。何故かうつ伏せで寝てたらしい俺は、20年近く前の大ヒット少年漫画まがいの前髪をしてた。

昔からすっぽんぽん大の字で眠るヤツだったけど、今は二人して大の字になりゃベッドに収まらない。毎回譲歩してやる俺は、結構優しいカレシ貫いてると思うんだけどよ。
くすぷー…くすぷー…ってな寝息で口元をもにもにふにゃふにゃ動かして、大の字野郎が小さく丸まり直してた。ああ、寒いのか。

「てーんか」

そうとわかりゃー話は早い。羽毛よりあったけぇ発ちゃん布団だ!うりゃ!なんて抱き締めた丸い背中が昔より広くて固くて、寝起きの俺の声はなにやら低くてハスキーで、

「んー…るせぇ」

これだけは相変わらずの手酷い言葉に笑いが込み上げる。

「……はよ、天化」
「まだねる」
「腕いる?」
「いらねぇ」

頬を掠めた俺の唇は迷子になって、背中を震わせてから本物の羽毛布団を探す指先に指を絡ませた。コイツの寝起きが悪ぃ日は、前の晩に無理させた日で、もっと言えば大満足させた日だ。
そんなのもわかるだけの年月一緒にいんのかと思ったら、汗の湿気でくるくる巻いてる襟足が愛しくてたまんねぇ。

「ん゙ん…っ」

思わず耳元に埋めた鼻で掻き回して胸いっぱいに天化を吸い込んだ。あー…天化だ。天化の匂い、天化だ。すげぇ天化。マジで天化だわこりゃ。獣みたいな寝息の抗議も、こりゃー一等品の採れたて天化だ。

「かゆい」

"くすぐったいさ王サマぁ"に値するコイツの語彙は、"かゆい"。愛たっぷりのスキンシップはバッサリ切られて床の上。そんなとこも変わらねぇ天化だ。

「てーんーか」
「んるせぇ…ぁゆいさ…」
「あゆいの?」
「ん…ぁぃぃ……」
「かゆいな、痒い」
「ぅー…るさいさ…」
「へーへー」
ついに思いっきり抱き締めた背中越しに舌足らずな抗議。それでも俺の手の甲にぴったり重ねられた硬い掌が、愛しさの定規みたいなモンなわけ。
「るさい」
「起きてんだろ?」
「ねてるさ」
「起きてんじゃねぇか」
「ん、ゔー…」
「天化ー」
「……さんばんてーぶる、お客サンとおすさ」
くすぷー…、くすぷー…の合間に聴こえる珍しい甘え声の寝言で通して貰える客が羨ましいってぐらいには、俺はまだまだ天化に惚れてて、
「おう、寝直す?」
「レバニラ、さんらー、たん、めん…」
嫉妬から促した二度寝も夢に盗られちまった。くそ!いつだか俺が仕事絡みの寝言言ったらベッドから蹴り落としやがった癖に!いっそう強く抱き締めりゃ、胸の音が重なった。

「なぁ、腕いる?」
「いらね」
「おい」
「……る」
「ん?」
「はつ、いる」

乾いた寝起きのハスキーな甘え声が、ぶっきらぼうに俺の手をつねった。つねるなアホ、そういうときゃキスしにこい!……ってのも何年教えても直りゃしねぇから、もう諦め通り越して悟っちまった。
"はつ、いる。"
いいわ、これだけで十分。固まった背筋のコリも吹っ飛んだ。

一緒に寝直そうなって埋めた鼻先には、相変わらずのかゆみを訴えられた昼。好きだ、と告げた唇には"足りねぇ"と怒られて、愛してると紡いだ唇には"黒酢"と照れ隠しぶっかけられる昼。これからどうしたい?なにされたい?なんて身体まさぐりながら意地悪く聞いたら、"しょんべん"なんて見も蓋もねぇ生理現象告げられて、くそ!っつったらもう一回"しょんべんの方さぁー…"なんてお寝ぼけツッコミを頂いた昼。

「……はつ、……いる、王サマ…」

腕をつねりながら指先で訴えられた愛おしさに、どうでもいいやと匙投げた昼。

憎たらしくて可愛い寝息に俺の寝息も重なって、二人して惰眠と愛を貪る休日。はかりしれないのにはかりきれる愛しさの定規が、この部屋に住んでるらしかった。

end.

冷め始めても冷めきらない二人へ、安息のキングサイズ定規。
2014/01/15


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