アイラブユー(1/1)




俺っちはもともと、メールってのが得意じゃねぇ。顔見て気儘に話すのは嫌いじゃねぇし、なにかしら居心地の良さは感じてるさ。馬鹿みたいにはしゃぐのも、どついたり蹴ったりじゃれるのも、所謂"触れ合い"ってのには長けてるつもり。

それが、迷う。
「うへー…」
ぎっしり長々文字が詰まった携帯の中身に、思わず妙な声が出た。二つ折りのおんぼろな相棒は、もう7年の付き合いで、このメールの犯人と会った頃にも持ってたっけ。だからなのか、最新機種にすぐに飛び付くその長文を受け取ると、俺っちのソイツはすぐにダラダラ寝に入っちまうさ。真っ暗に落っこった画面の中で、王サマが連呼する"大好きだぜ"が歪んでた。

調子いい指を滑らせて、王サマは新しい相棒にお熱な頃。変換候補っちゅーヤツに一番に覚えさせんのが俺っちの名前で、次が俺っちのアドレスで、三つ目が"愛してるぜ"と"大好きだぜ"が同率で──なんて言うから、思わずフライパンで後ろ頭を叩きそうになっちまった。昔より無駄にでっかくなった背中を向けて、つるつるの新しい黒いヤツが王サマの掌に収まって……
「アホかい王サマ……」
そうなると、俺っちが放って置かれるのは、一日や二日じゃねぇ。言えっかい!んな馬鹿臭ぇことで飛び出してきたなんて。真っ暗な秋の空に月がぽっかり、俺っちの潰れたコンバースが空き缶を蹴った。

真っ黒なコイツは傷だらけ。擦りきれたストラップは修学旅行の土産のヤツ。

王サマのみてぇに"言葉を覚える"だなんて出来っこねぇから、王サマの名前を出すのは"はつ"って打った13番目。
コピー機能なんて付いてねぇから、カバンの中の紙切れにペンでメモして見ながら打つ。

テレビなんか見ねぇさ。
ネットなんか見なくても、適当に乗り換えりゃ目的地には着く。電車乗ってりゃ何処かしらには出るなんて、当たり前のことさ。

最大メモリが200件。埋まってんのは51件。
王サマのソイツは20000件。埋まってんのはいくつだか知んねぇ。

そーゆーのを知る度に、俺っちの胸はざわついて、きっと気付きやしねぇ背中を部屋に置いてきちまう。
月が明るい秋の夜長で、長いこと昔を思い出した日だった。

初めて使ったリダイヤル。王サマと繋がって、泣きながら寝ただとか。しりとりの短いリズムも耳と胸が覚えてる。
初めてメールに絵文字を着けただとか、あのときアドレスに誰かの出席番号入れちまっただとか、案外どうでもいいことに拘るのが好きなのは、俺っちの方らしいさ。自分でも最近気付いた。

「お前いい加減機種変しろっての!八割電源切れてんじゃねぇかよ…」

んなこと言われたって変えらんねぇモンは変えらんねぇさ、馬鹿。

「馬鹿」

もう一度だけ電源の入ったソイツは、どっかの馬鹿の短けぇ言葉を受け取った。

"帰ってこい、天化"

アホかい、オヤジみてーなこと言ってんじゃねぇさ。

"ごめんな。"

アホかい、なにがさ?

そんな意地を張りながら、俺っちに付いてくるこのお月さん、王サマには見えてんだろうか──なんて考えたりする。俺っちのコイツは写真なんか撮れっこねぇし、王サマがセンセーのあの授業覚えてるとも思えないのに。指が迷って紡ぎ出す。

「王サマ、月が綺麗さ」

ソフトキー、送信ボタンがカツンと鳴った。歩くコンバースが街灯の下で影を伸ばして、俺っちは煙草を一服。他に言いたい言葉が出てこないモンは仕方ねぇっしょ。

すぐに震えた携帯は、
「明日も明後日も、一緒に見る月は綺麗なんだぜ?」
なんて軽いのを受け取って、俺っちはとうとう笑いが止まんなくなった。覚えてたらしいさ、鬼の現国!
最後に足された"わりーな、嬉しいけどまだ死んでやれねぇ"。

それが、コイツの受け取った最後の言葉だった。

「当時の日本には"情"はあっても"愛"の概念がなくてのう。I LOVE YOUを訳すには骨が折れたと見える。夏目漱石の訳文には、」

明日の休みは、新しいのを買いに行く。今度は言葉も沢山覚えるヤツで、英和なんかも入ってるヤツを。サクサク動きがはえーヤツがいい。

「"月が綺麗ですね"、とされておった。」

一番に覚えさせるのは俺っちの名前にして、王サマのは二番目にして、

「対する二葉亭四迷の訳文は──」

三番目に打ちなれた王サマのアドレスにするさ。俺っちも王サマも、案外物覚えがいいらしくて、変わらねぇあの頃にまた笑いが漏れた。

「"死んでもいいです"と。」

──ったく、死なねぇんかい!相変わらず怖がりな王サマさ!

付いてくるお月さんに手を降って、コンバースが右に曲がればマンション前。エントランスの前に寂しげに小さくなってる休日のボサボサ髪を見付けたから、
「明日、携帯買い行くの付き合ってくんねーかい」
脛を一蹴り、ポケットの盟友を握って言った。
「……あーたにゃ死なれちゃ困るさ」

困ったように笑って抱き締める腕が、あの頃と変わらず熱いとか。そんなことだけでいいらしい。

end.
携帯に愛着が沸く男子は、素敵だなぁと思います。
2012/10/10


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