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「うわっ、さーっみぃ!」
「あーた絶対体温調節の基準どうかしてるさ」
すっかり秋風を通り越したキャンパスで今だTシャツを貫くその声が、高い鼻を赤くして小さく肩を震わせていた。
「お前が言うかタンクトップ」
「今着ないでどうするかね、あのナポレオン」
「……だってよ、こっちの方が男らしいって」
曰く例の彼女に囁かれた"男らしい二の腕が好き"。馬鹿なんじゃん、と呟いたら、雪崩た顔に返された"おう!馬鹿で結構"。呆れること以外出来そうもないソイツの口がいつの間にか彼女の名を穏やかに呼ぶようになっていた11月の初めには、反比例して飲み会も減った。ありがたいことなのかどうなのか。講義が終われば天化の脚はバイトに向いて、終われば真っ直ぐ岐路に着く。サラダと年相応下ネタトークには食いっぱぐれたそれでも、無事に進級出来る兆しと恋人との時間に懐も胸もあたたかい。
「ねみぃ」
「あー…うん」
階段教室で連呼する欲求と連鎖する欠伸は相変わらずだけど。
「お盛んだよなー、お前んとこって倦怠期とかこねぇわけ?」
「その言葉そっくりそのまま王サマに返す」
「ばっか、俺まだホヤホヤだもんよ!あ、なぁなぁ今度3ヶ月記念で指輪とかどうかなって」
「ホヤホヤって古いさ」
一人に縛られたくないように見えた当初の女ったらしが、ついに捕まった。のかどうかは定かじゃない。それでも幾分穏やかな顔にはなった気がする、それは多分気のせいじゃなく。逃げなくなったバイト、増えたシフト、ペン回しの指が穏やかだ。下手なのはもう一生治らないのだろう。
「指輪ねぇ」
「お前そーゆーのこだわらない派だよな。男らしいっつうかなんつうかさぁ…淡白?関白?」
「邪魔くさいさ。平気なヤツもいるけど、コートの中で着けたら手元狂うし引っかかるし」
引っかかるし?言って引っ掛かった。もう随分とバスケから離れたこと。しかし至極簡単に納得したらしい隣の興味は、相槌ひとつで既に自分たちの指輪に戻っていた。
その長い指に指輪がハマる日がくるとは。確かにある種の興味を誘うペンを掴んだ隣の指は、とりわけ白くも細くも黒くも太くもない。天化に言わせれば至って普通、可もなく不可もなく、つまり面白くない。男にしては貧弱で、しかしまさかモデルにもアイドルにもなれっこない、結局なんのヘンテツもない指。声にならない酷評を浴びせ終わると、その指が携帯電話と遊んでいた。
ああ。表情は豊からしい指。
い ま ど こ に い る ?
バックバックバック、クリア。
きょ う あ え る ?
即バック全消去。
あ い し て
バック。ご丁寧に電源まで落とした指にとうとうため息が伝染した。
「なにやってるさ王サマ」
「えええあいやっ…別に?ああ、ほら今度一回合コン入れねぇとさ!アイツら収まりつかねぇだろ?だから」
「……で、行くって?」
──嘘ばっかり。一体全体なにがどうしてあのメールを送らないのかと、無意識に邪推に邪推を重ねてみる階段教室。
一、本当は付き合ってない。
二、ただの見栄。
三、やましい関係。
四、勘違い。
「どうしたよ?」
4カウントで思考は止まる。悪趣味だ、隣の女の趣味も色恋の価値も、
「ほら眉間。また皺寄ってるぜー」
「眠いだけさ」
当たりそうな範囲の筈の四項目、全部が全部否定的な選択肢しか考えなかった天化の思考も。眠気に紛れて頭を振って隣のペンも回っていた。ああ、とりわけ愛嬌に溢れているらしい。
「サラダ食うだろ?天化」

髪の隙間から笑う目が覗いて、当たり前な答えを返し忘れた。
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