デジタル



追い付けない。追い付けっこない、そんな夢をただ見ていた。青のゼッケンポイントガード。半年前に果たされた当初の目標は、大好きなその手で激励して貰ったからだ。
「それはお前が頑張ったからだよ」
そう朗らかに告げる声を疑いたい訳じゃないのに。フェイント以外で嘘をつく程器用な人じゃないだろう、そう知っているのに。晴れない霧が幼い胸に降り注ぐ。
「っつっても…」
「流石に最初はどうしたものかと思ったけどな、あのワンマンプレー」
微笑む口に細める目。
「俺っちらしいって言う癖に」
頬を膨らませたら潰すみたいに抱き締められるそのときが好き。居心地のいいまどろみのベッドの上で、何度甘えたんだろう。近くで見るそんなときの顔が、やっぱり好きで敵わない。
「ショルダーパスもちゃんと狙い通り届くようになっただろ?ピリオドの速攻だってその声に答えてみんなが動いたから決まったんだ」
「そりゃー」
「あのフォーメーションじゃなきゃ入らなかったよ。それがお前の、天化の選んだ実力だ」
――大学受験の名目の元に、慣れ親しんだあのコートから追い払われたのがまだ一週間前だった。
「どんなに小手先の技術が上がっても信頼出来ないヤツにチームはついてこないってことさ」
「うん」
胸に埋もれた声がする。心音。こだまとは違うハウリングとも違う、水中が聴く音に似ていたその声は、ボールが跳ねる心地好い高揚と同じ匂いがした。ぽん、ぽん。抱えられた頭はトラベリングで、叩く手のひらは綺麗な放物線を描くあのチェストパスを出す手。7年前のキャプテンの手。
「まぁ、俺に追い付こうなんて十年早いぞーっ」
「七つしか違わねぇさ馬鹿コーチ」
「こら!」
「ぶっ…」
強く頬を挟む手が好き。
「馬鹿はないだろっ!ディスクオリファイイング・ファール!」
「…そんじゃあアホさ、アホコーチ!」
言う声が本気で怒っている声じゃないのも、きっと互いに好きなんだ。
「これでファール2回だぞー退場!」
「……コーチ」
「天化?」
「……なんでわかんねぇんさ」
頬を膨らせて呟いた声に本気で首を傾げる所だけ、少し嫌い。大きい掌で必ず二回頭を撫でるそれは、やっぱりどうにも切なくて好きだけど。気付いてくれない所だけ大人はずるい。
「天化」
「わかってるっしょ」
厚い胸に甘える頭突きも何度目だろう。くすぐったくて切なくて、その度に得る焦燥と安心の押し問答は、四人のガードに囲まれたあの四面楚歌に少し似ている。何度か立ったその窮地を、どうやって乗り切ってきたのだろう?まだ一週間前のラストプレーの記憶が口惜しい程に朧気で、どうやって指導されたっけ?どうやって最後のフリースローを決めたっけ。天化の胸が腫れ上がる焦燥。散らばる髪を混ぜられた。
「……今日は随分甘えるなぁ」
「うっさい」
頭に添えた掌と、頬に添えられた反対のそれ。嬉しそうにすぐ降り注ぐ唇で、今日も強がりは流される。背中に回る天化の腕が二年前のあの日より遠くに届くようになったこと、いつの間にか身長が並んだこと。この人は気付いてくれているのだろうか。――明日は月曜。もうすぐ10時。それだけで込み上げる寂しさも、ワガママに分類されるのか――横目で見やったデジタル時計は、あの突撃の初夜の数日後に買った最初の品だ。
先代のアナログ時計は、気が付いたときには時既に遅し。哀れベッドの下で粉々だった。ひとつしかない原因にぶち当たって真っ赤になって俯いた身体を、笑いながら抱き締められたのがくすぐったかったっけ――。
「時計」
不意に耳元にかかった声に、肩が跳ねる。
「また買いに行くか、二人で」
「…ッ、…コーチのウスラトンカチ!」
「こら!またお前はそんな言い方をするー」
笑いながら抱き潰される瞬間が、やっぱり堪らなく好きだった。同じことを想っていた、それだけで跳ね上がる甘い声、甘い音。決して強引じゃないのに、力強く拐う腕に戯れる唇が、
「……っアン・スポーツマンライク・ファールさ、…ぁ」
「なに言ってるんだ、引っ掻くのは天化だろ」
「…っのバカ…!」
やっぱり好きで仕方ない。
笑顔の前でようやく手に入れた安心と、手に入れた違う焦燥。身が焦げる瞬間は、好きが膨らむから、好き。
「時間だから早く終わらせようか」
「それなんかイヤさ」
「嘘だよ」
笑いながらキスをした。

追い付けない。
バスケを離れて良かったなんてワガママな子供の本音は、きっと一生言えそうにないけど。
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