夢の途中




開けぬ夜を待った。暁を待つ訳でなし、このざわめく胸の治まる日を指折り数え、試みる。そんな幼い君主が一人、覚束ない足取りで漸く天幕に帰り着いたのは、月を望む頃だった。
「アイツ…」
──本当に男なのか?
降って生まれた疑念。胸に預けられた頬の柔らかさも、涙を流すまいと寄せられる眉も、気弱な嗚咽を溢すまいとしたのだろう口を一文字に止める仕草も、少年のそれよりは遥かに女のそれである。伸びた黒髪を両手に絡めて座り込んだ寝台は、何時もより荒い音で鳴いた。
「だって…そんな話ってあるかよ!?アレだってついて……」
とうとう裏返る語調が告げる空気の振動に、燈台の灯が揺れ薪が一跳ね。脳裏に去来するは、蓮の華の未分化な少年に自身の末弟。 あんまりだ、とでも言えれば良いのだろうか。本人から明かされるでもなく暴かれるでもなく、そもそも事実が真実か。わからないことが多過ぎる。そこまで走り抜けた思考。漏れる厚ぼったい溜め息は何故だろう?とかく自らの思考の追随が許されぬのは、あの仙道のいざこざに巻き込まれてからは常になっていた。
「いや、違う……」
そうだ。男の眼は燈台を見る。──欲している温もりと同じ茜の色。どんな曲線よりも直情的で直線を描く、しかし見た目にそぐわず皮肉を垂れる誰かがいた。
慣れたつもりの女の曲線美。噛み合わない護衛の曲線美。直線的な少年が丸く見えるのは、あの揺らぐ紫煙の影の所為だと決めていたのに。
繰り返し、繰り返し、やれやれ王が子供だ、と肩を竦める彼こそは少年の成りをして、太陽を背に脚を開いて意気揚々と闊歩する。雄々しい猛者に手を伸ばすかの如く、年齢以上に己の性に固執した物言いをする、母のような歌声の、少年。矛盾。
ざわりざわりと落ち着かない胸に、そっと発の指先が思考する。――その護衛が溢したあたたかい一粒の雫が、深紅の上で、血しぶきのように花弁のように、声なき悲鳴をあげるのだ。確かに濡れた指先。発は固く目を閉じる。

「……男だろ?なぁ……」
呟いて身を投げて、少し冷たい寝台に己の中身を陳列しないか。そうでもせねば暁を迎えるまでに答えは出ないだろう。果たして一体なんの?考えて目を閉じる。

浮かぶのはみな、護衛のことだった。
逃走を繰り返す脚を、飄々と着いてきては笑いながら諌める。同じものを同じように、違うように、考えながら歩いた道のり。──自らの思考の追随を許されぬ原因を、"いざこざ"だとはもう思っていなかった──そうさせたのは誰だったか、弱さにかまけて逃げた自分を、生意気な口振りで自分より理解していたあの膝は、契れかけた手足と流れた血は、
「……天化が」
その人に他ならない。ツンと痛む胸を抱いて、 燈台に告げたら、視界が広がるような気がした。
「そうだよ、俺は」
甘えだろうか、絵空だろうか。──欲しいのだ。どうしようもなく。あの声を腕を紫煙さえを、そこにあるような幻影を抱き締めて、しわくちゃになった外套を引き摺った。

──受け入れることに長けた不器用な青年は、恋も痛みも矛盾も無知も、息づいた全てを胸にした。
腕を伸ばせば朝焼けは掴めるだろうか。咳払いが昇り、陽が昇りきる前に。









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