似ていた




何処に行くにも何時でも一緒だよ。約束、絶対離れないように。
そんな甘美な関係でも、幼子の可愛らしい契りでもない。
「どこ行くんさ、サボリ魔サン」
「……っだぁー!面倒くせぇ!」
そうでもないだろう。心底嫌な相手にはそれなりに距離を取る人だと、通過儀礼の最中に知る。さらりさらり、日に照らされた黒髪が散らばりながら城下に進む風の音。毎日毎日潜り抜ける西岐城を一周した背面の抜け穴は、この大男が通るには幾分小さかった。
「…おめーも行く?」
「行きたかねぇけど」
ご丁寧に茅葺と薄の枯れた風情に彩られた白塗りの壁穴は、……おあつらえよりずっといい。サラシの胸が吸い込んだ二酸化炭素とタールの匂いが、隣に香る髪に光る。さらり、さらり。
「お前さぁ、そんなんだから背ぇ伸びねぇんじゃねーの?」
「余計なお世話さ」
「ってかいいのかよ?仙道って」
「成人なんだから問題ないっしょ」
穏やかでない風で続く会話に、頭ひとつ高い背が顎を引いて笑った。口の端を片方上げて。成人成人って言ってるトコがガキなんだっつの――。好奇心と興味と純粋な疑問が、幾分かの煩わしさをスパイスに湧き上がる。
「…なんさ?」
「なんでもー」
睨み上げる少年の目は、道士だか剣士だかと聞くより幼い。流るる風の色は、桜の薄紅から穏やかな緑を孕んで無数の空の藍に溶ける。見上げれば同じように見上げる隣のちぐはぐな全体像も、見慣れてしまうものだから不思議なものだ。
「お前って」
「天化さ」
割り入る注釈にまた顎を引いたら、予定調和で睨まれた。――そーゆーところがガキなんだっての。そもそも何を尋ねたかったのか。乱暴に引き下ろした白いターバンと共に他愛無い好奇心は何処かへ消えてしまった。
「で?なんの用さ?」
「あ…いーや、なんでもねぇ」

実のところ、この通過儀礼も予定調和も嫌ではないのだ。感じなければ。
受け入れることを拒む自分ではない、と。姫発の目がまた空を仰いだ。

"わかり合えない領分"を、無駄に踏み込む必要もない。それを後生大事に胸に閉じ込めようとするから、疲れるだとかわかり合えない悲しさなんてものを味わうハメになる。適当に、適度に望まれる範囲で、受け入れることを受け入れる。

幼い頃から積み上げた瓦礫と描いた夢は、徐々に歪に流動していた。それをどう受け止めるかは、結局の所自分流のそれにかかれば致し方ない範囲内、だ。

「なにくだらないこと考えてるさ」
「――…は?」

浮遊しかけた思考の先が、吹きかけられた煙草の煙に巻かれていた。

「ああ、そりゃ今後のプランをちょっとな!今日行く店はよ、一等地だけあってプリンちゃん率すげぇ高いんだぜ!」

付きたてた人差し指を目の前で降ってやれば、そのチグハグな少年は未だ訝しげな視線を投げていた。背中の皮膚がざわめき立つ、興味を通り越した少しの恐怖。読めるのか?見えるのか?浮かぶ疑問は焦燥に変わる。違う、そうだ、受け入れるんだ、ある程度を。そうだ、そうあるべきだ。

「お前はどうすんの?」
「俺っち?遠慮しとくさ」
「はは、やっぱお子ちゃまだな」
「女買うほど悪趣味じゃねぇ」
「趣味はどーだっていいだろ。恋愛ごっこもしたことねぇの?」
「んじゃ姫発サンはごっこしかしたことねぇんさ?」
「うーわ、やなヤツ!」

読心。
千里眼。
早鐘の鼓動に隣の煙の量が増した。

「俺誰だと思ってんだよ?豊邑のラブハンター発ちゃんだぜ?」
「狩ってるだけで捕まえちゃねぇじゃん」
「ほんっとやなヤツー。それが楽しいんじゃねぇかよ?醍醐味って言葉知ってる?」
「そんで相手にすらされねぇから買いに行くって?」
「……お前にゃわかんねぇだろうよ」
「その言葉、そっくりそのままあんたに返すさ」

ばかやろう、なんて言える程の許容量がないんだ。腕を広げた新緑が、ひとひらバンダナに止まっていた。毛虫でも付いてろコノヤロウ。

あんたみたいないい加減なヤツが一番許せねぇさ、なんて飲み込める程悟っちゃいないんだ。だらしない顔で潜る店の看板でも落ちてこい。

何処に行くにも何時でも一緒だよ。約束、絶対離れないように。
そんな甘美な関係でも、幼子の可愛らしい契りでもない。
幾分歪んだ子供の反発は、徒然なるままになるべくして舌打ちに変わる。

「お前どれだけ温室育ちなの」
「ん?ああ、俺っちが生まれた時にさー、まだ頭半分しか出てねぇのに親父が門飾り掛けちまって」
「いや、そーゆー意味じゃ」
「男か女かわかんないから右も左も両方で大盤振る舞いだったって聞いたさ」
「それってバチ当たりじゃね」
「うん。あんま気にしねぇいけど」
「いや別に俺も気にはしないけどー…武成王の親馬鹿ってそっからかよ」
「うん、そうさ」
「否定しねーの」
「なんで?そりゃ自慢の親父だかんね!」
自嘲と共に何度か微かに引かれた顎は、今度こそ盛大な笑い声に引き戻された。チグハグなデニムの切れ端がサラシを擦る音がした。
「ちっと早とちりだけどさ、それは俺っちもっしょ?似てるんさ、その辺も」
「いやー…もうどうでもいいわ!」
朗らかな口に反して凛々しい顎が喉仏に触れる様は、どうやら初めて逢った気すらする、目の前の少年に。
「なんさそれ」
「睨むなよ!」
揶揄の意味すら通じないなら、受け入れる以上に簡単だ。笑い飛ばすしかない。それはきっと互いにだ。
自己申告より幼い顎も、煙草を取り落とした唇と共に笑っていた昼下がり。
「ほんとにお前行かねぇの?」
殷討伐の頭の跡取りに、その護衛。
「うん」
「勿体ねぇ!せっかく顔よりいいモンついてんのにな」
到底そうは見て取れない言葉の中で、実際呆れるほど忠実にかわやまで護衛に着いてくるのだから、結局言葉と裏腹なチグハグのまま転がっている関係性。閉口しかけて戸の外で待つように睨んだら、もよおすモンは俺っちも同じだから仕方ねぇじゃん。なんてあっけらかんと告げられた日には、一定以上の高水準で納得してしまった。
「使わねぇとソレ錆びるんじゃねぇの?」
「道士だから仕方がねぇさ」
「なんだ、先に言えよ!俺すげぇ嫌言い方しちまったじゃん…」
「別になんでもねぇさ、気にしてねぇ」

友達でもない、主従ではある自覚はない。

「……ふーん…仕方ないってことはしたいんだ?」
「姫発サンと違ってそこまで困ってねぇから、俺っち」
「やっぱ天化ってやなヤツー」
新緑の照り返し、太陽が月に変わるまで、妙な子供の充足が並んだ足取りに隠れていた。伸びる影に緑がひとひら、笑い合う湖と翡翠の目の色に混ざって踊る。肩を組めば何処までも歩く。
「…んじゃ行き先変更!飲み行くぞ!」
「いいんさ?切羽詰ってんじゃないんかい?」
「あのな、言い方考えろ」
「んじゃなんさ?他には?」
「……てゆーかよ、ふつー娼館行く前に親父の話するか?」
「始めたのは姫発サンさ」
結果そこに枝分かれしただけで、親の話をしたかった訳がない。
「…てか俺連れ戻さなくていい訳?」
「んー、俺っちも少し歩かないと身体なまっちまうし」
「あっそ」
駆ける脚が早くなる。今日は夏日だ――。


2011/05/16









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