夢見た




さらさらさらさら、花弁の舞う昼下がりだった。
「むう〜…そう露骨に嫌な顔をするな」
「だから俺っちは戦いに来たんさ!せっかく降りてきてそれじゃーやりがいないってね」
おあつらえの護衛なんて更々御免。軍師たる小柄な道士が血へどを吐いて倒れて早数日。目覚めてからもまだ数日。再会を果たした家族の数は不自然に前後して、流れる時間の感覚が妙に鈍るのは、道士としての定めだろうか。否それほど大それた物ではない。言ってしまえば仙人への、
「仕方ない、とっておきの仙桃をー」
「倉庫の桃かい」
通過儀礼だ。
「うぅー…半分やらんでもない!」
「俺っちそんなに安くねぇさ!」
待て!だの、なら仕方ない!丸々ひとつだぞー!だの。何処の子供のご褒美だろう。今一真実味にも真剣味にも欠ける幼い風を振り切って、ふわりふわり、
「よっーと!」
西岐の回廊を飛び出した。太い形の気の利かないダメージジーンズの裾をお気に入りのブーツに突っ込んで、自信に溢れて張り出した胸にはサラシ一丁。鍛え上げた腹と腰は風に吹かれてもびくともしない。何年目かの通過儀礼は、お世辞を言おうにも誉める余地すら残されていない短いデニムのジャケットに込められた決別の日の成れの果てだ。

煙草を加える唇が、ほのかに上向いて酸素が混じる。鍛えた太い腕は見た目にそぐわず、少し落とした重心に胸を張って歩く指も、豆とタコに覆われていた。風に混じるには少し多くて重い髪、締めたバンダナ。全体像が未だちぐはぐな少年が、手にした煙草を唇に押し戻すそのときだった。

「ぎゃぁぁあ――だ―!!どけどけ――!!」

立ち込める砂ぼこりに叫び声。バタバタ走る外股の大股に大袈裟に上下する両の腕が、見えたから。
「っとー、俺っちも急いで…」
「ギャァァア!!」
花弁の如くひらりひらり5歩は後ろに身を引いた。勢い付けたターンもひとつ。
「あり?」
舞い散る花弁と、微かながらの血の匂い。見えたはずだ。第一こんな大柄な男を見失うような視力なはずもなく、
「……どいたけど」
「…いってぇ…ッ」
砂ぼこり、軋む庭木に風の残像は、どうやらその風圧で足元の人をひとりはねたらしかった。
「なに怒ってるさ?勝手にコケたのはそっち」

そうだ。自分と同じ道順で回廊から飛び出した大男は、顔を砂と岩にめり込ませて起きやしない。
「どけって言うからさ、俺っちちゃんと」
「ンな避け方あるかよてめぇ…」
ひくひく一連の痙攣を終えた男がもたげた端正な顔は、赤い鼻血に彩られていた。
「ああ、城の人かい?もうちょい鍛えなきゃ姫昌サンの護衛なんて」
「はぁあ!?お前…いや待て!ちょい待ち!お前こそ誰っ…」
「くぉら姫発―――!」
「ギャァァアァアア――!!」

質問に重ねた質問を言い終わる隙もなく、かの軍師の左腕が大男共々回廊に消えた。

「あ、…え…あれがさ!?」

とんでもない見込み違いは、互いに今に始まったものでないだろう。頭に積もった花弁を一枚、
「へぇ」
煙りに混ぜて巻き上げた。
「あの人が姫発サンね…」









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