取り戻す




まだ痛む右の胸は、あの少年が少女である、恋の揺らぐ証。
「道士ってヤツも、真っ赤んなって取り乱したりすんのな…」
言葉にすれば口の端がむずむず緩む。手足を切り裂かれても立ち上がるあの少年の身体が、目にも止まらぬ早さで武具を投げる鍛えた腕が、飄々と煙草を加えて激を飛ばすあの唇が、
「あ、やべ…」
思い出すだけでざわりと背筋を駆ける。一抹の切なさと恐怖と愛しさを共に。想いを告げたきり涙を溢したくしゃくしゃの顔も、取りすがる腕も。──俺ぁ十五のガキかっつの──ため息の青年は上掛けに潜って肌を確かめた。まだあの温もりはここに火を灯したまま、きっと飄々と駆けているだろう。
一晩中、命を削る想いで抱き寄せたなんて、胸の傷の手当てより先に下履きを脱ぎ捨てたなんて、知ればあの目でケタケタ笑うだろうか?首を傾げるのだろうか。
「猿かよ、俺」


何処から何処まで知り得ているのか。我が手で推し量るには忍びない。

「好きに抱いていいさ」

リフレインするその言葉に、確信を得る。

彼の少女は、それを言葉として、記号として、手段としてしか認識していないだろうこと。

少年としてはどうだろう。しかし知っているなら、あのまま天幕にとどまる気が知れない。恐らく機能としても認知はしていなければ、これほど凶悪な本能だということも考え及ばぬ境地なのだろう。無垢な、酷な、愛らしい慕情。
「死ぬかもしんねぇな……」
元来堪え性は微塵もない遊び人だ。思い返せば、経験のない素振りを愉しむ手慣れた相手しか知り得なかった。己の半生を見返っては頭を抱える青年が一人、前途多難な幼い恋が戦場に花咲いた。


日は高く、天幕は一時の平和を抱き締める。風を孕んだ砂塵ののろしも、今日はまだ敵を告げない。
「ちゅーことで、俺っちが護衛復帰さ!お疲れ、よーぜんさん」
「君ねぇ…」
「うん?」
ため息の唇を隠す髪が、風を孕んだのろしとなれば、
「危険は感じないのかい?」
果たして。
「……なにが?だってなにせ"あの"バカ王サマの漸く出した王命令さ。聞いてやんなきゃぁ機嫌損ねてブー垂れるっしょ。目に見えてるさ。だから」
一際大きな風が、天幕いっぱい広がった。舞い上がる砂の中で、少年の目が光る。
「……王サマ護ってやるってのが俺っちの役目さ。例え楊ゼンさん相手でもな──絶対さ。手出しはさせねぇ。」
しんと、辛辣な風は音を止めた。天幕が息を吐き、小さく二人を囲うのみ。
「それに出来ねぇ筈さ、あーたは頭かてぇかんな」
気圧に押し出された風は、太陽の元へと還って逝った。

「まったく──妙な例えを吹き込まれたね、君も。」
「うん?例えは例えさ。俺っちは俺っち」
「……吹っ切れたならやってみるといいよ。僕だって師叔の命がなければ武王をたてようなんて考え及びもしないのが本音だし」
「へへ、そりゃ俺っちもだけどよ……しょーがねぇから、ついててやろっかなって」
笑う少年は、片手を上げて砂塵に消える。清々しいまでもの真っ直ぐな目を、誰かの天幕へ向けて。

「……師叔。よしてくださいよ、変な演出は」
「うぬ、ばれとったか」
「まったく貴方との共策も太刀打ち出来ませんよ、あの羽化前の少女を前にすれば……」
風が止まる、その手前。
「武成王の子女をみすみす兵に放り込む道理もなかろうよ──あやつはなんだかんだ、女の扱いはピカイチだからの」
打神鞭を橙の前垂れに忍ばせて、軍師の口角が微かに上がったのは、此処にある風を孕んだ天幕の秘密。

"少年を男に変えるのは、恋と相場が決まっておる"

皮肉な風は、昼下がり。武王の初めての勅令が言い渡される砂塵の真ん中で、サラシの少年が一人、胡座をかいて胸を張る。指先に、彼の人の体温を閉じ込めながら、取り戻した護衛に、胸の奥の充足。昨夜の脳裏で重なった心拍を耳に覚えさせ、
「……えへへ」
翻る外套とバンダナが、何より輝いて見える陽光が、二人の背中を押していた。


end.

2012/04/30









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