取り戻す




「――……ん、んー……」
「……よう」
事態がわからない。そう告げる目は、まるで二人の数か月が逆転したかのようだった。薄埃がチラチラ朝陽の前に踊り出し、うすら寒い風は遥か彼方から干し草と水の匂いを乗せて、
「気持ちよさそーに寝てんのな」
「うぁわぁっ!!」
発の声に真紅の腕の中で黒髪が飛び上がった。その驚嘆の声が威勢良く高く、真っ直ぐ天幕を走り抜ける。
「す──まねぇさ王サマ!すっかり寝入っちまって!」
「うっ……いや、おおお前……」
何度か瞬いた天化が風のように寝台を飛び下りて、一層増した砂埃。
「久しぶりだったかんね、つい……って言い訳にゃなんねぇさ。ごめん、王サマ。怒ってるさ?」
今更ながら意味をなさない謝罪の観点に、青年の力ない咳払いが響いていた。

「……頼む、服、着ろ」

「……やっぱ怒ってる」
呟く少女が締め直すバンダナと、サラシと、黒い革のジャケットと。寝台のすぐ脇の足元に散った同胞を着々と拾い上げながら、ついに朝陽が登りきる頃合いだ。羽化した少女は、こうしてまた今日を駆ける少年として蘇る。
「あり?王サマ?」
胸を刺すあの茨の棘はすっかり彼の人の腕の中で消え去って、微かに背を擦る、サラシに混じった砂と粉塵に、満たされる多幸。襟足を風に遊ばせながら振り返る傷の走ったその顔は、――燃え盛る烈火の赤でも、消え入る夕陽の茜でもない、――如何とも筆舌に尽くし難い曲線の薄紅色。ふんわり春を待つ蕾のように、可愛らしく丸い目に微笑みを湛えて。
「えと、……んー、夕べはありがと。またよろしく頼むさ、王サマ」
傾いた小首をもう一度咳で散らして、ついに睡眠を許されなかった発が地を這うように音を紡ぐ。

「出てってくれないか」
予想以上に歯に着せる衣がズタズタだ。それすらその数歩先で絶句する少年の胸を包むサラシのようで、また一つ咳払い。
「へ?」
ボロボロ、ぼろぼろ、思考は潰れて流される。髪を掻き毟りながら言葉を探す発に降る懐疑の目が、
「いや…わり!違うんだけど他に言い方が…!」
「ああそうだったさ!王サマ、あばらが…!」
真ん丸く形を変える。一瞬で飛び出した指が鎖骨と胸に触れて呟いた。"ごめん、すぐ手当しねぇと"。しゅんと頭を垂れる少年のサラシから覗く白い肌。
「いっ…」
「痛むかい?」
「い゙……──」
今度こそ耐えかねる痛みと、痺れを切らした情欲に絶句した青年の手が、瞬きを繰り返す背を天幕の外へ押し出した。
「いーから出てってくれ!」
何時もとは違う始まりの朝。

「普通さぁ、逆じゃねぇのかよ、なぁ……」
幸福に迎える予定だったかどうか、それは互いに定かではない。背中に向かって幾度も固定を繰り返す白い包帯に指を忍ばせて、天を仰ぐ青年の足が縦に長く伸ばされた。
「あ゙ーぁーとことん情けねぇや……」
自身のことか、容赦ない無知を振るう護衛のことか。
泣き濡れて微笑んで、穏やかに眠る頬を撫でたまま、文字通り手も足も出ない事実に歯噛みした。
自分めがけて真っ直ぐに突き刺さるような、あの無垢な慕情を、どうして振り切ることが出来ようか。無下にすることが出来ようか。
それとも、本当に掻き抱くことが道理だったのだろうか。
呻きながら、今は寝返りを打つ気力も湧かなかった。"詮索をしない人物を"と、瞬時に南将軍を自らの手当に指名出来ただけで、今日の君主の思考能力は消失。包帯を巻かれながらもう一度情けねぇと繰り返し、真紅の服の青年が上掛けに包まった。









[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -