悼み
自分が誤解を招いただなんて。子供の体温に子供の思考のそれを抱えて、今度こそ頭を抱え込んでいた。唐突に加速した不安の山が胸の下を侵食する――付けぬ眠りにそこが痛むのは、やはり蝉玉の存在があるからと、双方が双方とも言い聞かせては誤解が募る。
天幕の下で寝台に両手を伸ばす時の王。灯台の下で片足を抱えるその護衛。投げ出したもう片方の足首を軽く捻って空を切る。無言のままに。
当然のように幾度も繰り返したこの日常も、城以外では初めてだ。昼間の昼寝を考慮しなければ。
渦巻く呼吸に天化の腕が膝を引き寄せる。
眠れない。
微かな空気が振動を呼ぶ。ほの暗い天幕の白と黒に、一定を保つ軽い鳴動。日の下に覗いた主の呼吸が耳に残って思考に絡む。頭から振り払うその顔は記憶の中より安らかで、いつか見たより幼さを帯びて、夢の中より骨張っていた。こんなことしか浮かばない。反対の脚を抱える頃には、渦が夜中に行き着いた。
ずっと抱き締めていた白い海。眠れる筈がない。毎晩起きていたのだから。振り切れない記憶に宿る吐息を抱いて――
「なぁ」
跳ね上がる胸の鳴き声を聴いた。
「お前さ、どう思ってんの」
「……なにがさ」
近付くな。幾分距離の掴めない声が、寝苦しいのだろう。笠掛けを巻き込んで左に波打つ。息を吸った。
「……蝉ちゃん。お似合いだろうなってよ、ずっと思ってて」
「嫌さあんな弱っちい女」
吐けない。
そうかなぁ。見付かぬ着地点を目指して沈黙の後に、途切れた声が戸惑っていた。
振り返らないで。背に向けて威嚇する二つの膝が震えて擦れる。
「お前って、恋とかしねぇの」
「する訳ねぇさ道」
「道士ってのはナシな」
振り返るな、震えたら負けだ。敗北を目指した膝が言う。
「蝉玉だって土行孫だってあれなんだ。道士だから駄目って訳でもないんだろ?」
「……だったら余計に駄目だって見りゃー解ると思うけど」
「じゃあやっぱり好きってことじゃねぇか」
「余計なお世話さ!!」
飛び出た声に竦めた肩が、小さく詫びて白に埋もれる。違う。恋しいのはあの三つ編みでも細い首でも長い脚でも叶わない。
「……まぁ、女っ気ある天化ってのも癪だしなー」
「わかったら黙って寝るさ」
その、
「甘えたくならねぇのかなって」
寂しくないのかって、気になっただけなんだ。
「……母ちゃんは死んじまったけど…オヤジも天緑兄貴も変わりねぇし」
「…ああ」
「天爵もでかくなってて天祥もいて」
「そっか」
「だから、そんなこと考えちゃないさ。強くなりゃー亡くすものなんてない」
「…おう、じゃあ」
忘れとけ、と寝返りが告げた。少女の膝がただ泣いていた。
本当は、その外套を喪いそうで引き寄せたんだ。誰よりも早く礼青の覆面を落としてやらなきゃ、手脚を繋ぎ留めても、もうその背を護れなくなるのが。一番、
「あんなちゃらんぽらんでも、いなくなられちゃ困るし」
膝を抱いて、
「……あんたが無事で良かったさ」
一番近くで初めての恐怖を噛み締めていた。