甘み
「駄目だ」
たった三文字されど三文字。下山したい、に何処まで本気とも取れぬ声で、親愛なる師の放った答え。ようやく駄々を捏ねられるだけの手足に回復したその四本中四本共に、たっぷり巻かれた砂の錘を見逃す師父ではない。否、それを巻き付ける辺りまでを黙認していただけでも随分と信頼されていることは、本人が自覚したっていいことだろうに。当然腹筋も背筋も腕立てだって辞めさせられた。
下りたい。
西岐に行きたい。
周が興る瞬間を見たい。
心の根本から沸き上がった本音とやらは、どうにも根本から師父に否定されてしまった。
「焦るのはわかるけどなぁ」
その後に続いた、嘘はいけない。――にわかには信じられないその言葉に、噛み付いた所で敵いっこないのは百も千をも承知の上だ。なのに、なのに、
「嘘ってなんさ!」
それの何処が嘘なんだ。ずっとずっと父の隣に立つ日を夢見て、その背を越える瞬間に手を伸ばして、雲を掴む霞の如し遠さのそれが、今目の前で興るかも知れないのに。
「嘘ってなんさ!」
とっくに桜は散り散りだ。あの豊かな緑が生い茂るだろうあの街であの回廊で、空を見たいだけなのに。あの街から興る邑を見たいだけなのに。崑崙より遥か下から、大きな空を見たいのに。