夢見た




いやいやー、そりゃうちのボケ息子がとんだ真似を。申し訳ありません!
「…親父」
頭に浮かんだ数刻前の父の声は、それほど事の重大さを理解している声でなかった。その父の血を色濃く受け継いだこの少年がそれを意識しないも当然で、
「いや、べっつにそんな大事じゃねぇしよ…頭下げられても困るっつーか…」
あぐらで頭をかくその大男も、その件を気に止める男ではなかった。ならばなにも問題はない。
「タフだのう…」

「……と、言うことだ。引き受けてくれるな、天化よ」
「……仕方ねぇ」
尖らせた口とくわえ煙草で、あぐらの跡取りを一瞥した。
「しかし武吉といいおぬしといい…どうしてこう要人をはねるかのー。周公旦がその場に居なかっ」
「違うさ!そいつが後から俺っちの前に飛び出して」
「ソイツってなんだよ!人踏み倒してよく言っ」
「だから勝手に転んだんじゃん」
「ヤローの下敷きで死ねるか馬鹿道士!!」
「んじゃあ女に踏まれてりゃいいさ!?」
「あーそれなら幸せ」
「話を聞かんかボケッ!」

字は姫、名は発。
あの大袈裟な身振り手振りを除いてみれば、若かりし日の諸侯の生き写しと称された。
わかる通り本人に自覚はあらず、
「こりゃー随分気が抜けるさね」
「……俺だってやりたくてやってんじゃねぇや」
「俺っちだってあんたのお守りしてんなら自分の稽古に専念したいさ」
鉢合わせた回廊から延々と、不思議な肩が二つ並んで夕闇を駆ける。立ち上る煙りになびく黒髪。ふと、右斜め上に端正なその深い湖の様な目が覗く。凛々しい眉に高い鼻筋、朗らかで、しかし締まりもない口。
「…なに?」
「…男の癖に随分情けないんさね、あんた」
「あ?」
「武術もてんで出来ないみたいだし」
「別に男がどーだは関係ねぇだろ。ほっとけよ」
「ほら言い訳ばっか」
「だからなー!お前らみたいな戦いたがりばっかじゃねぇの!」
あーあ。またも大きな手振りで欠伸をひとつ。いつの間にか開いた半歩の差を、黒いブーツがふらりと詰めた。
「強くなりたいって、思わないんさ?」
「はぁ?」
覗き込んで瞬いては心底不思議そうに首を傾げるバンダナに、反対回りで口を歪めて目を見開いた白いターバン。
「あーないねぜんっぜん!んなことより俺は断然プリンちゃん!」
「酷い王サマがいたもんさ」
「だーぁらー!俺は別に…」

いつの間にか並んで歩く肩が揺れた。
「へーぇ。……俺っちにはさっぱり」
「だからな、」
ふわりふわり。吸い込んだのは上唇に張り付いた煙草とくさいきれ。
「覚えとけ。"わかり合えない領分"ってのがあるワケ」
ふわりふわり。
「んなもん吸ってイキがっちゃってもまだ子供じゃんよ。要するに。"踏み込めねぇ"の。そーゆー言い方すれば解るかよ?」
尖らせた口が右隣に影を落とせば、
「子供じゃねぇさ」
尖らせ返すのが子供なのだろうか。わからないでもない妙な切り返しの時差を以て、また少し日が傾いていた。
「十分ガキだろ。あーあ、いくつだよ?お前」
「20。」
「……へぇ」
また傾いた。黒い髪の毛とターバンも一緒に。
「…えっ?え?え、お前?ドコが!?成人…」
「何処もなにも俺っち全部がさ。言ったっしょ、ガキじゃない」
「うっそぉー…」

ひらりひらり。蒸し暑い太陽の最期の足掻きを背に浴びて、その顔がその顔を覗き込む。どこが?ええ?へぇー。簡単な揶揄を通り越したため息は、興味の域を飛び越して既に純粋な感嘆に変わっていた。くるくる身体の回りを回る男に、何処を見る訳もなし、煙草をくわえた少年の頬。14にだって見える傷の頬。夕闇が近付く回廊で、
「仙人ってみんなそうなの?」
「そーゆーの、"踏み込めないとこ"なんじゃなかったかい?」
「あーあ、ハイハイ。」

針金よろしく引き釣る半身と緑の香を携えて、ちぐはぐな姿が木目に消えた。









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