色ボケキャンパス1時限目
懲りない頭を追ううちに、不意に天化のジーンズの右ポケットが震えた。途切れる悲鳴に響く着うた。
恋しちゃったんだーたぶんー
条件反射で跳ね上がる心臓と顔。
気づいてなーいでしょー?
馬鹿丸出しのチェリー顔がピンクに華やぐ瞬間の音。
「もしもし!?」
『あ、天化ー?あたしあたし!』
「……なんか用さ?」
蝉玉の声。元気な声。聞くだけで無条件に元気になる。いつもそっけなくしか言えないけど。
バックの雑踏の音からするに、キャンパスから近い駅前通りの交差点の信号前だろうか。最近ずっと会ってない。
目の前一面に広がるピンクのぽわぽわお花畑。
ようやく解放された発は、笑いを堪えて椅子に戻った。
チェリーにチェリーってどんなシャレだよ…。
『今日3限ないよね?今へーき?』
「全然!暇さ暇で困ってた!!」
デレる頬に必死な声。
『よかった!天化にしか頼めないのよ』
お花畑の天化の顔が強張った。
――頼られてるさ俺っち!
「俺っちが出来ることならなんでもす」
『明日のシフト代わって!』
「………蝉玉」
脱力の表情筋。重力には逆らえない悲しいそれ。
『ね!お願い!埋め合わせするし!』
「…うめあわせ?」
上がる眉に綻ぶ頬。
うめあわせ…デートとかデートとかデートとか、あわよくばあんなことそんなこと、あーダメさ大人になれ俺っち!もうちょい段階踏んで、そしたら、
『ね、今度一回代わったげるから』
「んなの当たり前さ!」
段階……だんかい…そもそも頼られてるさ俺っち?
『うそうそ!スタバ!』
「…しゃーない」
『やった!じゃ、よろしく!ありがとね!』
「ちょ、ちょっち待つさ蝉玉!!」
『……なに?』
切れそうな電話に叫んだ声。思いの外身構えた蝉玉の声につられる学食の片隅で、お腹いっぱい息を吸い込んだ。
「…その…」
頑張れ天化!
目の前にちらつく悪友の口パクと拳。
「…その…う…その…モグラと遊び行くんかい?」
『やっだもう!他に誰がいんのよー!言わせないでって!』
「………あ、そう」
『じゃあ』
「待っ…あ、いや、また」
『うんうん、またー』
変わらない豪快な笑い声で、一方的に電話が切れた。項垂れる全神経。
「…お疲れ、百面相」
叩かれる左肩。カレーうどんが伸びきって待っている。結果腹は膨れそうだった。
「……なんで」
「全部聞こえてましたー」
「……なんでモグラさ…」
「お前自滅しすぎ。しょっぱい!」
溜め息の発が水をすすった。ガリガリ音を立てて引いた椅子に座りなおして、もう一回グラスの水をすするカノジョ持ち。
「だいたいよ、あそこでわかっててシフト代わるか?普通…」
「らってひょーがないあ!」
「食ってから喋ろ」
かき消したくてかきこんだカレーうどん。伸びきってもたついて絡まる。噛みきる力は百面相で使い果たした。
仕切り直して、
「……しょーがないさ、蝉玉笑ってっから」
「だからそこがイイ人止まりなんだって!」
机を叩いて立ち上がる発の声。剣幕につられた天化が思わず箸を置いた。
「いいか?お前が男だって意識させなきゃどーにもなんねぇだろ!のんびり構えてねーで奪うなり寝取るなりしろ!」
「寝と…寝…ッ嫌さそーゆー卑怯なの!」
「言いかけた癖に」
「うっさい!!」
噴き出すのはカレー汁。
「たまにゃ甲斐性見せるとか」
「出来たらとっくにやってるさ!」
「バラ100本でも買ってこい!」
「……俺っちが?」
「………あー…まぁ、なんだ。ほら、人には得意分野ってあるだろ?」
「フォローになってねぇさ」
「そこそこ顔いいんだし」
二人の脳裏によぎる蝉玉の彼氏(仮)。
「いやまぁ、なんつーか顔関係ないか…」
「……嬉しくない」
溜め息が充満する食堂の一角。キノコでも生えそうだ。春なのに。そういえばシイタケのかきいれどきは春だっけ。
黄色く変色した丼を傾けた。喉に張り付く安っぽい味のラストスパートに、今更レンゲの存在を思い出して心底虚しい。
くちびるいてぇ…。